独りの条件 4


独り暮らしをしている仁王君。 

時々混じる方言から、東京の人じゃないのはわかってたけど、でもテニスのために上京してきて
マンションで独り暮らしをしながら学校へ通ってると初めて知った時はとても驚いた。

この年でちゃんと自炊して家事もこなしてる。テニス以外も何でもできちゃうなんて、さすがだ。


私が遊びに行くと、冬ならいつもホットココアを出してくれてた。
「俺んちに来るまでに、体だいぶ冷えただろ?」って優しく笑いながら、
寒がりのくせに猫舌な私に合わせた温度で、甘いものに目がない私のための甘いホットココアを
そっとこぼさないよう、白い磁器のカップについで渡してくれる。

どこの喫茶店で飲むココアよりおいしくて、家でも飲めるよう作り方を聞いても
のためにだけ俺が開発したココアなんやけ、レシピは誰にも教えられん』なんて茶化して
いくらねだっても教えてくれなかったっけ…。



仁王君の出した条件を呑んで、もう何日も過ぎた。
学校の時と同様に、仁王君はマンションの中でも私がいないかのように振舞う。
だからあのココアだってもちろん飲ませてもらってない。 もう飲ませてもらえる日は来ないだろう。




私を四六時中、仁王君の側に釘付けにするような条件を出したのに、
仁王君は私が側にいないものとしていることに最初は戸惑った。
むしろ逆で『側に来るな』っていうのがあの条件の真意なのかと思って、
一度、授業合間の休み時間を自分の教室でボーっと席に座ったまま過ごしたことがある。


そしたら次の休み時間、ものすごく怖い顔をした仁王君が私の教室に入ってきて
私の席まで足音も立てずに歩いてくると、バンっと思いっきり大きな音を立てて私の机に手をついた。


「おい、。条件をちゃんと守れよ。でないと…も痛い目は見たくなかろ?」


私が初めて見る、突き刺すように冷たい無表情で仁王君はそう囁くと教室を後にした。
後で周りの友達から「珍しく喧嘩?」なんて訊かれたけど、そんな優しいものじゃなかった。


そのことがあってから、私は一言も声をかけてもらえないとわかっていても
どんなことがあろうと条件どおりに、必ず仁王君の側に行くことにしている。
仁王君が他の女の子と喋ってることや、私を見てくれないことはもちろん辛かったけど…
何より仁王君の意図が掴めないことが苦になった。

でもあんな冷たい目の仁王君に話しかける勇気もなくて、ただ言われた通りにするしかない。
仁王君の出した条件を守るために、私は一日のうちほとんどの時間を仁王君に割いている。


そのせいで製菓学校への入校に備えた勉強はおろか
学校の予習復習の時間もする時間が取れなくなって、睡眠時間を削らなければならなくなった。
睡眠不足が続きすぎて、頭の中がぼんやりすることが多い。



両親には「同じ進路の友達の家で、一緒に実践試験の対策する」と言い訳して
朝練で早起きする仁王君を起こすために、朝は6時に仁王君のマンションへ行く。
あんまりにも幼くて愛しい寝顔を、もっと長く見つめていたくて、
最近では5時半くらいにはマンションに着くよう、家を出る時間を益々早めてしまう。

仁王君は目を覚ました瞬間は私を見てくれるけど、
すぐに起き上がってやっぱり私なんかいないみたいに振舞う。
朝食を食べたり、身支度を整える準備を黙々とこなす仁王君を、私はソファにも座らずただ、見てる。


夜もそれと同じ。
仁王君が寝てしまった後、あどけない寝顔の仁王君から離れられなくて、
結局マンションを出て帰宅するのは24時まえギリギリくらい。
これも「友達の家で実践練習会を開いている」と両親には言い訳していた。
疑う様子も無い両親に胸は痛んだけど……それ以上に仁王君の傍にいたかった。


淋しさをはっきりと感じてるのに、私の知らなかった仁王君の日常を垣間見れるのが嬉しくもあって、
やっぱり私は仁王君を好きなんだと、その実感を噛み締める。



学校での休み時間も、お昼の休みも、放課後も、私は仁王君のいるところについてまわって
そのくせ仁王君の視界にはおさめてもらえない日々。
仁王君が他の女の子と親しくするのを、地団駄踏みたい気持ちで眺めるだけの日々。
でも逆に言えば、私の視界にはいつでも仁王君がいる日々なんだ。
苦しいのに、じんわりと甘いのはそのせい。 

どんな形でも仁王君の側で、その綺麗な横顔を眺めていられることは幸せなこと。





今、仁王君は女の子達と一緒に屋上でお昼ご飯を食べている。
さすがに仁王君の隣には行けなくて、少し離れた入り口のドアに寄りかかってその様子を見ていた。

仁王君の隣に座る女の子が私の方を見ながら仁王君に何か言う。
何か仁王君が返した言葉にどっと笑いが起きた瞬間、
その女の子も仁王君も、本気で食い殺してしまいたいと思った。 そして、そう思った自分にゾっとした。


嫉妬と独占欲に押しつぶされる前に、仁王君を手放すつもりがもう手遅れなのかもしれない。
こんな生活が春まで続くのは辛すぎる。 

体力的にも、精神的にも、ちょっと限界が近い。




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