独りの条件 3


私は仁王君のことが、本当に好きだ。
そのことは仁王君自身も知ってることだと思うけど、
一体それがどれくらいで、どんなふうに好きなのか…そこまでは知らないと思う。

仁王君を想う私の気持ちに姿があれば、それは獣の姿をしている。
醜くて、ものすごく大きくて、凶暴な獣。 仁王君へそそぐ私の気持ちは、綺麗な姿をしていない。




仁王君と付き合って3年目。未だに仁王君を見慣れて飽きるなんてことは無かった。
どこにいても、パッと仁王君の周りだけ空気が違うようにすぐわかる。 
広めの肩幅で、少し猫背。
ポケットに手を突っ込んでゆっくり歩く姿が眠そうですごく可愛い。
切れ長の目は、テニス以外の時はやる気なく半分閉じてることが多いけど、
私の方を見るときは優しく細めてくれるんだ。
仁王君にその目で見つめられる度に、私はどんどん心を奪われてしまう。



私達は今、受験を控えた3年生。
立海の生徒の9割以上は、そのまま立海大へエスカレーター式に進学する。
仁王君はテニスがとても強いから、ダブルスを組んでる柳生君と
大学部に行ってもテニスを続けるのは確実で、これまで以上に沢山の人の注目を集めるようになるはずだ。

大学へ進めば、テニス関係者だけじゃなく女の子の注目だってきっと桁違いに増える…
仁王君を閉じ込めて自分だけのものにしてしまいたい私の気持ちは益々苦しくなる一方だ。

今でも仁王君を独占しつくしてしまいたいのを必死で抑えてるのに
仁王君が他の沢山の女の子から好意を向けられるようになるなんて
…そんなこと耐えられないと思った。

こんな醜い嫉妬、仁王君にだけは知られたくない。



付き合いだしてから、あっと言う間に私達の時間は過ぎた。
その間仁王君から雑に扱われたことは一度もないし、すごく大事にしてくれてる。
今のところまだ、仁王君が私だけをちゃんと好きでいてくれてるってわかってるけど
終わりだっていつか必ずやってくる。

先のことを考える度に仁王君とのことが頭に浮かんで、不安がどんどん大きくなっていた。


大学部にこのまま進めば、抱えきれなくなった嫉妬をきっと仁王君にぶつけてしまって
私だけに向けてくれてたあの優しい瞳の中から追い出される日がきっと来る。





そんなある日、帰りのホームルームの時に担任の先生から進路についての話があった。

『なにも大学部への進学だけが、選択肢じゃないんだぞ。』
自分の将来の姿さえ決まっているなら専門学校という道もあって、極少数の人はそっちを選ぶらしい。

「将来の自分の姿」という先生の言葉に、私はパティシエという職業がふと浮かんだ。
前からお菓子作りが趣味以上に大好きで、パティシエになりたいなんてぼんやりと思っていたし…
それで、その次の日のお昼休みに、進路資料室のインターネットを借りて調べてみることにした。



慣れないマウス操作に手こずりながらも、なんとか目的のページを検索することができたらしい。
そして私は驚いた。 
今まで何にも知らなかったけど、全国には沢山のパティシエ養成機関があるんだ。
紹介ページを見るとみんな洋菓子が大好きで、それを将来の職業にするため一生懸命頑張ってる。


引き込まれるように、検索であがってきた学校のホームページへ順々に目を通していると、
私の尊敬するパティシエの人がチラリと視界に入って、手が止まった。
この人のレシピ本を、私は全部持っている。 どうやら、特別講師で招かれているらしい…。

つまり、もしこの製菓学校に通えば、私もこの人のもとでお菓子作りを勉強できるということだ。
そう思い当たって、目の前が開けたような感覚に胸が波打った。
大学部への進学は絶対決定の義務じゃない…こういう進路も選ぶことができる。

今までは考えても見なかった。 けど、仁王君がテニスで自分の道をちゃんと持ってるように
私も自分の道を切り開いた方がいいのかもしれない。

そうすれば、今の苦しい気持ちからだって簡単に解放されるかもしれない。





その週末、お父さんとお母さんを交えて話し合った後に、製菓学校への願書を提出した。
ただ、この製菓学校は北海道の学校。 もちろん東京から離れて独り暮らしをしながら通うことになる。
お父さん達はその点を心配してくれてたけど、私にはむしろそれが都合の良かった。

…仁王君がいつか私から離れてしまう不安に怯えるより、自分から未練を残さず離れる絶好の機会。
仁王君が私のことを好きでいてくれるうちに、終わりにしてしまおう。
北海道へ逃げる形になろうと、それでいい。

そう決意を固めて、心を切り裂く思いで仁王君に別れてほしいと切り出したけど
別れることを了承する代わりに、仁王君は私に条件を出した。
それはすごく苦しくて甘い。 そうとしか言いようがない条件だ。


毎朝仁王君を起こしに行くこと。
授業の合間の10分休みは毎回仁王君ののクラスの前に行くこと。
昼ご飯は仁王君のいるところで食べて、昼休みの終わりまで隣にいること。
部活の間はずっとコートにいること。
毎晩仁王君が完全に眠るまで帰らないこと。

それに従ってほとんど一日中仁王君の側にいるけど、仁王君は私なんか存在しないように振る舞う。


今、仁王君のクラスの前の廊下に立つ私に気付くけれど、
仁王君は他の女の子に囲まれて楽しそうに話すのをやめたりしない。
その中の一人の子の髪を仁王君が手にとって、指に巻きつけながら優しく話しかけた時、
それまでずっと平静を装っていた胸が、嫉妬の飽和に耐えれず思いっきり震えた。


いきなり別れるなんて言い出した私に、仁王君が罰を与えてるように感じてしまう。



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