独りの条件 2


俺がに出した条件。

毎朝俺を起こしにくること。
授業の合間の10分休みは毎回俺のクラスの前に来ること。
昼飯は俺のいるところで食べて、昼休みの終わりまで隣におること。
部活の間はずっとコートにおること。
毎晩俺が完全に眠るまで帰らないこと。


は俺が決して嫌いになって別れたいわけじゃなかろう。
まだ俺のことを好きだから、別れ話をしながらあんなに辛そうやった。

結局…は俺と別れることで、俺のことを一日も早く美しい思い出にしてしまおうとしとる。
新しい土地で、気持ちよく生活を始めたいってのはそういうことだろ。
俺から離れる準備ってやつは。


でも、思い出なんかいつかは風化して消えるもの。
それをは知っとるんかわからんが、俺は大人しく思い出なんかになりたくない。
遠く離れてしまうんなら、記憶だけでも俺を覚えていてほしい。

の記憶に留まり続けるにはどうしたらいいか。

考えた末に俺が出した答えは、卒業まで徹底的にを俺の側に置いて、の心を傷つけること。
これがベストだと結論した。

綺麗な思い出は一時的に心を慰めるだけで、それ以上の役目を果たさない。
それを超える綺麗な思い出にどんどん上書きされてしまうからだ。 そして恋愛の思い出はその典型。

本当に忘れられないことっていうんは、心に傷を残すもの。
だから俺は、の心に爪をたてて、ギリギリと痛みを増すように引っかいてやろう。
自分の好きな男に付けられた傷なら、絶対に忘れられんはず。

こうまでして、俺はに忘れられるのが怖い。







「おーい仁王。彼女さん来てるぜ!」
「…知っとる。そのまま、ほっといていい」

別れ話から1週間、今日もはちゃんと、授業合間の休み時間に俺のクラスに来た。
でも、もう手にあのブランケットを持っていない。
冬の廊下で、寒さに少し青ざめながら、は教室のドアの側に立って俺を見ている。

俺はいつもどおりを廊下に立たせたまま、他の女達と喋っていた。
珍しく俺から話しかけたもんだから、嬉しそうに次々と話題を振ってくる。


お前らなんかと話をして楽しいことなんて一つもない。 本当なら喋りたくもないところだ。
でも、こうやって必要以上に親しいふりをしてみせたら、が悲しんでくれる。
の心に俺の引っ掻いた傷痕を残すために相手をしてやっとるんじゃ。 

それ以上の意味なんて何も無い。



こうやってを片時も放さず無理矢理に側に置いておきながら、俺は徹底的にを無視し続けていた。 
でもは俺が最初に出した条件だから、嫌な顔もせずにちゃんと側に来てくれる。

そこまでして俺と綺麗に別れて俺を綺麗な思い出にしたいんか?
そっちが本気でかかってくるなら…俺だって忘れられんように出来ることは何でもしてやる。

にいつでも俺を思い出してほしいんだ。
いつでも、どこにいても、それがが望まない形だとしても。



視線はその女達に向けて話聞いとるフリをしながら、
俺は視界の端に映るの姿を必死に観察していた。
は俺の方をじっと見つめて、寒さに震える白い手を胸の前で合わせて握り締めている。
今すぐ抱き締めて、俺が暖めてやれたらいいのに。

寒がりのは冬のこの時期、俺がガバっと抱き締めると「仁王君は暖かい」と嬉しそうに笑ってくれる。
「体温高いから…まるで子供みたい」なんて言って…。


そんな甘かった思い出を振り切るために、あえて女達の一人の髪に手を伸ばす。
いかにも親しげに見えるよう、その女の髪に手に絡ませて笑顔を向けた。

「お前…柔らかい綺麗な色した髪してんだな。何ていう色に染めたん?」
「やだ、もう仁王君たら。えーっとね、この前染め直してもらったばっかでね…。
  確かアプリコットブラウンだったかな?仁王君が気に入ってくれたんなら嬉しい」

甘ったるい目でこっちを見るな。 触り心地悪い髪しやがって。
の肩下で切りそろえられた髪とは大違い…。 
あの茶色がかった、綺麗なストレートの髪に触れたい。


一度そう思ってしまうと、目の前の何もかもが堪らなく嫌になってきた。

「ちょっとトイレに行ってくる。ごめんな」


あの女の髪に触れた手が気持ち悪い。今すぐ洗い落とすために席を立つ…
でも、それは自分への口実だったのかもしれない。

いつもならドアのすぐ側に立つの横を素通りするのに擦れ違いざま、の髪に触れてしまった。

サラリと指の間から、簡単にすりぬけてしまう髪。 

びっくりした顔で、は俺を見上げる。

そんな目で見つめなさんな、。 
俺は、お前を壊してしまう。  誰よりも大事にしたいと思っているのに。




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