美しき設計図 11




が泣いてる。
やっぱり少しやり過ぎてしまったかもしれない。

僕はただ、の口から直接、僕のことが好きだと言わせたかっただけなのに…
どうしてこういう時に限って、は僕の予想を裏切ってしまうんだろう。

その裏切り方が、僕好みだからタチが悪い。



一向に僕が差し出したハンカチを受け取る気配が無いので
「ここに置いておきますね」との腰掛けた隣にそっと置くと、が迷いもせずに立ち上がった。

「……ごめん。もう帰る。観月君の彼女には…今度ゆっくり会うからいいでしょ」
「へぇ…随分と無礼な真似をしてくれますね。大人げない」
「大人げないのは!……観月君の方じゃないの…」

今夜、初めてはまともに僕の目を見た。見たというより…睨みつけた。

でも、そんな目をされても僕を喜ばせるだけだということに、気付いてない。
そういう直球しか投げてこれないところが、本当に愛しいのだけれど。


「心外ですね。からそんなことを言われる筋合いはありません。さっきから泣いたり怒ったり…
  その理由も自分で理解していないくせに、余計な口は叩かない方が身のためですよ、
「理由くらい…ちゃんとわかってる」

そろそろだ。

は本気で怒ろうとするとき、目つきが変わるからすぐにわかる。
今みたいに普段はほとんど寄らない眉根に皺を寄せて、まっすぐに僕を射抜くように視線をぶつけてくる。

だから昔からその一線が近づいてきたのを感じたら、僕は少し首を傾けて優しく謝ってやるようにしていた。
そうするとはグッと言葉に詰まったあと、諦めたように溜息をついて
5秒と待たせずに許してくれていたのを今でも僕は忘れていない。

忘れていないけど…完全に怒らせなければ聞き出せない本音もある。

だから、まだ謝ってあげられない。


「知ったかぶりなんて正直だけが取り得のらしくないですね。認めたらどうです?
  そんな風な態度をとるのは、単に自分の堪え性がないだけだって」
「違うったら!私は、私は…」
「私は?ほら、みなさい。言えないくせに」
「言えるわよ、馬鹿にしないで!好きだから会いたくないの!
  ……私は観月君のことが好きだから…だから彼女なんかに会いたくない!」


・・・・やっと言った。

が僕を、好きだと言ってくれた。


思わず嬉しさで笑顔になってしまいそうで、口元を右手で覆って隠す。
こうなってしまえば、は気の済むまで思ってることを言うはずだから
それを僕は大人しく聞いていればいい。

が僕に明かす本当の心をゆっくりと堪能できるなら、
楽しみに待っていた甲斐があるというものだ。

それにしても…ここまで押してやらないと、本音を言ってくれないなんて
手のかかるところは相変わらずと、喜ぶべきか嘆くべきか。
他の人間なら、絶対にこんな手間をかけてやったりしないのに。


僕のそんな思惑にも気付かず、は大きく深呼吸をして息を整えると
両手を硬く握り締めながら精一杯の様子で言葉を吐き出した。

「だいたい…彼女がいるのに、なんでキスなんかしたの?
  可愛い彼女がいて、自分も優しくてかっこよくて、それだけじゃ不満?
  それとも私みたいな馬鹿な女が戸惑ってるのが楽しかった?
  今日のプレゼントだって…手を抜いたわけじゃない。
  彼女と比べられたくなかったし、それに下手に豪華なものなんか贈って
  観月君の彼女に誤解を招いたら悪いと思ったから、
  あたり障りのないものを一生懸命選んだのに…。なのに…」


はベットの上に置いたあのハンカチを手に取ると、思いっきり僕に向かって投げつける。
それは見事僕の胸元に命中したけど、ハンカチなんてただの布切れ。
力を込めて投げつけられたところで全然痛くない。

まあ、ぶつけても痛くないものだからこそ、こうやって投げつけてみたんだろう…。
こんなときでも僕のことを気遣うのが、本当にらしい。


だけど。さすがにがここまで怒るのは…初めてのことかもしれない。
もしかしたら僕が予想していたよりも、はずっと僕のことを好きなのか?
だから、こんなに怒ってくれている?


床に落ちたハンカチを拾い上げながら、その考えに顔がほてるように熱くなるのを感じた。

「…言いたいことは、それだけですか?」
「まだあるよ。……観月君には3ヶ月間、ううん小さい頃からずっとお世話になったし
  迷惑だっていっぱいかけてきた。本当に感謝してる…。でも、もう幼馴染でいてくれなくていい。
  観月君が特別な人をみつけたみたいに、私も誰かをみつけるから。
  もう、観月君なんか私の幼馴染でもなんでもない」


そう、僕とは、もう幼馴染なんかじゃない。

その結論に辿り着けたのことを心の底から褒めてあげよう。


「…そうですね。もう幼馴染とは言えない仲です、僕とは…。
  じゃあ最後に、別れの杯として、このシャンパン開けませんか?
  それを一杯飲んだら、は帰っていいですから。
  残りはの希望通り、彼女と堪能させてもらいます。ね?」
「……わかった」


グラスを取ってきますので待っててください、と言い残して部屋を出た。



しんと静まり返った廊下には、うっすらと月明かりが差し込んで僕の影だけを照らし出す。

を目の前にしている間、余裕でいられたのが嘘みたいだ。
今は愛しくて、早く慰めてあげたくて、この腕が震えてる。

あんなに完成を待ちわびた設計図。

閉じたドアの向こうから、の泣く声がかすかに聴こえた。




back   next





inserted by FC2 system