美しき設計図 10





とりあえず適当に腰掛けていてください、と言われたので、いつものようにベットの淵に腰を下ろす。


シャンパンの入った袋を抱えながら、すごく気分が落ち着かない。
「誕生日おめでとう」か「3ヶ月間ありがとう」って最初に言おうと思ってたのに
私服で迎えてくれた観月君に言葉を失った。

制服でも充分かっこいい男の子だとは思ってたけど、
それ以上どうしようもないくらい素敵になるなんてずるい。
好きだと気付いてしまったせいか、完全に見とれてしまうほどかっこいい。
でもそれは……「彼女に会わせてやるからドレスアップしてこいと」私に言ったように
観月君も彼女に祝ってもらうためにドレスアップしたっていうことだよね…。


ベットに腰掛けたまま、黙ってぼんやりとしている私の正面に立って、
ライティングデスクに寄りかかると、観月君は腕組みをしたまま視線を寄越した。

「……まずは、ダイエット終了おめでとうございます。
  3ヶ月間…よく頑張りましたよ。僕の言いつけを守って、本当によく頑張った」
「ありがとう……。ほんとに、観月君のおかげ」
「ええ、僕のおかげです」

ふふっと、含み笑いをしてみせた後、思い出したような素振りをして観月君は「そういえば」と言葉を続けた。

「ダイエットが終了したらからお礼をいただく話になっていましたね。
  僕としたことが何にするかまだ決めてませんでした」

うーん、と思案を始めた観月くんに、チャンスは今だと思った。
観月君には悪いけど、もう帰りたくてたまらない。
彼女さんはまだ姿を見せないようだから、今のうちに渡すものだけ渡して帰ろう。


ほんとにごめんね、観月君。感謝もしてるし、誕生日だって祝う気持ちはあるけど
でも、今この場所ではどうしても辛くてできない。

好きな人が、自分以外の誰かと幸せそうに笑ってるところなんてできることなら見たくない。
それって…当然の心理だよね?



「あ、その件なんだけど。これ、シャンパン。
  ほら、彼女さんと一緒に誕生祝いに飲んでくれたらいいと思って…」

観月君に気付かれないよう、視線をわずかに逸らしながらシャンパンを差し出した。
手渡す腕が震えてしまわないか、それだけが心配だ。

観月君は黙ってそれを受け取ると、そのままデスクの上に置いてからちょっときつめの目を私に向ける。
さっきまであんなに上機嫌だったからすんなり「ありがとうございます」って受け取ってくれると思ってたのに、
この空気は……怒られる。


「……4年のブランクだから仕方ないとはいえ、不合格」


はぁ、と溜息を加えて腕を組み直した観月君。 ショックだった。
今までなんだかんだと言いながらも「不合格」と言われたことは一度もなかったから。
そんな安物のシャンパンを買ってきたつもりもない。
誕生日の夜に、決して似つかわしくないものというわけでもない。 なのに…不合格。


「お礼はたっぷりいただくと言ったはずですが?
「う、うん…ごめん。でもね…」
「だいたい、最初はディナーがどうとか言っていたでしょう。
  それが誕生日プレゼントも兼ねてるのに、どうやったらシャンパン一本になるんです?
  説明してもらえますか、その理由を。僕が納得できるように、きちんと」

ギンと睨みつけるように見下ろされて、とてもじゃないけど
帰るなんて言い出せない雰囲気に、私は内心焦るどころか混乱していた。

だって誘ったディナーを断ったのは観月君だ。

だいたい、彼女に会わせたいっていうからのこのことマヌケ面さらしてここまで来たのに
その彼女の前で豪華なプレゼントを贈るなんてしたら
「場の状況判断くらいして、プレゼントは選んでほしいですね」とか
絶対に観月君は後になって嫌味を言ったに決まってる。

それに私だって、彼女さんのことがなければもっと手の込んだものを贈りたかった。
できないと判断したから、私なりに気を遣ったつもりなのに。 それなのに、不合格って…。

「だ、だって…彼女の人から、もっといいものもらうと思って。
  だから、張り合うようなもの贈って、観月君を困らせたくないと思って…」
「偽善ですね」

今度は、バッサリと切り捨てられた。
的を得ているだけに何も言い返せないでいる私を見て取ったらしい。
まあいいでしょう、と観月君は軽くつぶやいて微笑んで見せた。

「確かに僕の彼女は、もっといいものをくれますから。最高のプレゼントをね。
  その点を見破れたんなら許してあげないこともないです」
「ありがとう……そ、それじゃ、私もうこれで…」
「帰しませんよ、まだ。もう少ししたら僕の彼女が来ますから、それまで彼女の話でもしましょうか」

も聞きたいでしょう?と念を押すように言われてしまうと
一旦は立ち上がるべく浮かしかけた腰を再びベットに下ろさざるをえなくなる。


聞きたくない。観月君の彼女の話なんて聞きたくない。帰りたいのに…。


、ちゃんと僕が話すときは、僕の目を見てくれませんか」
「……はい」


ずっと前から知ってたけど、たまに観月君は本当に性格が悪い。
今だって私がもう泣きそうになってるのに気付いてるはずなのに
それを「目を見て話を聞け」だなんて、どれくらい辛いか。

確かに観月君は私が泣くと優しく慰めてくれたりもした。
でも今は、私が泣き出してしまうのを心底楽しみに待ってるみたいだ。

堪えきれない興奮からか、はっきりと目元が笑ってる。

でも観月君の気持ちなんて関係ない。とにかく何も聞きたくない。
観月君から他の女の人のことなんて、何も知りたくない。

そんな願いも空しく、観月君はその綺麗な唇を開いて、言葉を紡いだ。


「今夜が僕の誕生日っていうのは、知ってますよね?」
「うん…。おめでとう」
「ありがとうございます。それで、ベタだとは充分自覚してるんですが…
  その誕生祝いに、僕は彼女自身をもらおうと思ってます」


彼女自身をもらう。ということは…

 
「今夜、ここでこれから、彼女を抱かせてもらおうと」


最高のプレゼントでしょう?と、すっごく嬉しそうに笑った観月君。


その笑顔はものすごく鋭い剣になって私の胸に突き立てられる。
それだけに飽き足らず、その剣は私の我慢の糸まで切ってしまったらしい。


もう顔を上げていることすらできなくて、下に伏せた顔を両手で覆いながらも溢れてくる涙を止められない。
泣きたくない時ほど、どうしてこんなに泣いてしまうんだろう。
泣き止まなくちゃと思うのに、これ以上みっともない姿を見せたくないのに。



その時、スッと目の前にハンカチが差し出された。
きっちりとアイロンのかけられた、白いハンカチを私に渡そうとしてくれている。
 
「ありがとう……観月君」


少しだけ視線を上げて見た観月君は、慈しむように優しい眼差しでを見てくれていた。
本当に…どっちが年上なのかわからない。


「どうしたしまして。じゃあ、そろそろ僕も彼女に逢いたいので…いい加減泣き止んでもらえますか?」


ハンカチを受け取ろうと、伸ばした手がそのまま固まる。


観月君には、最高の夜になるだろう。

そして、私には忘れたくても忘れられない、最低の夜になった。




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