美しき設計図 9



僕の大事な幼馴染。
何も考えずに触れ合えていたのは、ほんのつかの間で
僕はいつからか、の体に触れるたびに後ろめたい気持ちを持つようになっていた。

屈託なく懐いてくるの純真さを利用して
汚いオスの視線でを捉えている自分に、はっきりと気付いたのはいつだったか。

でもに対して後ろめたいと同時に、こんな僕の葛藤も知らないで
相変わらずの笑顔で僕に構ってくるの呑気さが妬ましくて、冷たく突き放したことは数え切れない。



宿題のわからないところを、が僕に訊きに来るのは習慣みたいなものだった。
そんな上の学年の問題を訊かれたって、さすがの僕も答えかねると何度言っても
『観月君なら解ける気がするし……他の人だと教えてもらっても頭に入らないから』と
溜息が出るくらい非科学的な理由を、大真面目な顔で言う。

本当のところ、僕にしてみてもが頼ってきてくれるのが嬉しくて
そのせいで上の学年の勉強まで進んでしてしまっていた。


でも、あの日。
例によって僕に宿題をみてもらおうとしたは、
夜も11時を過ぎた時間に、僕の部屋、僕のベットに腰掛けて待っていた。

入浴を済ませた後、部屋に戻ってきた僕がどれほ内心どうろたえたか。

もちろん君も入浴の後のパジャマ姿で、濡れた髪にほのかな石鹸の香りを混じらせて
『観月君を待ってた』と、嬉しそうな顔をする。

どうしようもないくらい自分が欲情するのを感じて、
いい加減宿題くらい自力でやってくれ、僕は君のお守りじゃないと
思いっきり怒鳴りつけてを部屋から追い出した。

小さく「ごめん」と呟いたは、きっと泣いていたはず。


でも、あの時、僕は決めたんだ。絶対に寮生活のできる県外の学校へ進もうと。
この先また、こうやって無防備に僕のもとへ飛び込んでこられたら
力ずくで手を出してしまわない自信がない。
そんなことをして幼馴染の仲を失ってしまう前に距離を設けてしまわなくては。

そして、心に一枚の設計図を持った。
僕に性別の違いを認めず安心しきっているから、
恋すべき相手として認識されるに足る男へ自分を作り変える設計図。

4年がかりで、僕はかならずを手に入れる。

人の気持ちは一方的な要望をしたところで簡単には変えられないけれど
時間はそれを可能にする唯一のもの。
4年間という空白ならば、『幼馴染』としての僕を消すのに充分な時間だ。

僕もも、4年間で見た目こそ変わってしまうだろう。
でも僕がを想う気持ちと、僕が愛しさを覚えるの本質は絶対に変わらない。
僕が4年後ものことを好きでいるのは言うまでもなく、きっとは、4年後の僕に恋をする。





そして、設計図は完成していたはずだったのに。



やっと再会を果たしたに、僕は内心愕然としていた。以前よりふくよかになっていたからなんかじゃない。

僕とまともに目をあわせないばかりか、よそよそしい物言い。
居心地が悪いと言わんばかりに緊張に強張る面持ち。
幼馴染からステップアップさせるどころか以前の関係にすら劣る、この距離感。

その原因は、が今の自分に抱えるコンプレックスだとすぐに予想はついたけど
寮にを連れて行く道すがら、僕は改めて思い知らされた。
設計図の完成は、これからだ。
今までは準備段階にすぎなくて、を目の前にして初めて完成が見えてくるんだと。




はしきりと、僕に面倒をかけて申し訳ないと言っていたけど、
のダイエットを監督するのは、部員の体調管理とは比べ物にならないくらい楽しくて魅惑的な作業だった。

何よりも、「のため」という大義名分をつけて、連絡を取ることができる。

きちんと僕の言いつけを守って、アドバイスにも真剣に耳を傾ける
その全てを僕の監視下に置いているような、そんな錯覚を起こしそうになるほど
以前にも増して従順で、無条件に僕を信じるその瞳は、愚かしくて愛しくてたまらない。


時々、僕に気付かれていないと思ってか僕の横顔を盗み見ていた。

僕に彼女がいると勘違いして、精一杯平静を装いながら心を痛めていたのも知ってる。

いまいち鈍いところのあるだからこそ、きちんと自分で自覚して欲しくて、
あえてそのままにしておいたけど、さすがにもう気付いているはずだ。

は僕に恋をしている。にとって、僕はもう幼馴染なんかじゃなくて、一人の男だ。

ずっと前から僕にとっては一人の女性だったけど、
やっとそれに追いついてくれた嬉しさに胸が震えてしまう。



今日は5月27日。 だって何の日か覚えていないはずがない。 きっと忘れられない夜になる。

小さく、控えめに、僕の部屋のドアがノックされた。

やっとだ。



「開いてますよ、。どうぞ入ってきてください」


そして、そっとドアが開かれた。





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