美しき設計図 8



3ヶ月という一応の期限付きで始めたダイエットも、あと1週間後にゴールを迎える。
毎日の運動も今ではすっかり定着したし、何より味覚自体が変わってきたような気がする。
自分では意識してなかったけど、やっぱり悪習慣…だったんだろう。
着れなくなってしまいこんでた洋服が、また着れるようになって
どんな服も「似合うか・似合わないか」だけで選べるのが、ほんとに嬉しい。

なにもかも、観月君がいてくれたからこその結果だと思う。

でも…ダイエットの終了日が目前っていうことは、観月君の誕生日も目前ってこと。

今日の休日を逃したらプレゼントをゆっくり買いに行く暇は無い。
ということは、この一日で必ず観月君の気に添うプレゼントを用意しなくちゃ。


朝食のサラダを食べながら、プレゼントの候補を考えてみた。

観月君が今、もらって嬉しいと思うもの…何だろう。
時計、これは駄目。もう、観月君は振動巻きの上等なやつを持ってる。
香水…ありえない。高級ブランドの香水の残り香だけでも、顔をしかめて「腐臭がします」っていうのに。
CDとか…無理だ。クラッシックなんてどれも同じに聞こえる私じゃ選べない。

やっぱり、テニス関係の備品だろうか?

でも、テニスグッズなんてどれが良くてどれが悪いとか、
それこそ観月君の使い勝手を把握してないと、贈っても無駄になる。


……観月君の彼女さんは、きっと迷ったりしないんだろうな。

ふと、そんなことを考えた。

私が知らない4年間の観月君を知ってる観月君の彼女。
今の観月君に何が必要で、何が必要じゃないのか知ってる、観月君の彼女。
そして、私はただの幼馴染。現時点で丸々4年間の空白有りの、単なる幼馴染だ。

それを考えると、観月君にとって一番祝ってほしい人もちろん彼女で、
私なんかが昔のままに一生懸命選んだところで、きっと重たく感じるだろう。
観月君から合格点をもらえるプレゼントは、もう私には贈れない。

観月君の一番大事な人は、今の彼女だ。
そりゃぁ、この前はいきなりキスまでされてしまったけど、今冷静に考えればきっと意味なんかなさそう。
恐ろしいほど割り切りのいい考え方で観月君は生きてるから、幼馴染にキスはしても、それはそれ。
本命の彼女が一番大事なはず。

そしたら…下手にプレゼントなんか用意するより
ちょっと豪華な食事とか形の残らないものにした方が懸命かも。
うん、そうに決まってる。

会社の先輩に美味しいフランス料理のお店を聞いて、
そこでのコース料理を私からの誕生プレゼントと、減量計画への協力のお礼にしよう。
ちょっと…手抜きな気がしないでもないけど、仕方ない。

仕方ないけど…すっごく空しい。





そして、5月の27日はやってきた。
無事というか、計画通りというか、観月君のダイエット計画書のおかげで
私の体は3ヶ月前とは比べ物にならないほど健康的に引き締まって、かつ…
自分で言うのもなんだけど綺麗になったと思う。

いろんな誘惑に打ち勝った自信かも、というのは、自惚れすぎかな?
でも本当に、生まれ変わったみたいで気分も跳ねるように軽い…

というわけには、いかなかった。



勤務後に軽くご飯を済ませて、今、ルドルフ学院の男子寮に向かう私の気分はどうしようもなく最低だ。

昨日の晩、携帯電話で交わした会話を、今でも悪夢のように思い出せる。



『明日なんだけどね。お礼に観月君をディナーに招待させてくれないかな?
  私もできるだけ早く仕事終わらせるから、観月君の部活のあと…』
『あぁ、すいません。明日はちょっと先約が入ってるんですよ。
  だいぶ前から色々準備してくれてたみたいで、断るのも難しい相手で』

やっぱり、彼女だ。彼女と一緒に約束してたんだ。
予想していなかったわけじゃないけど、こうも決定打を打たれるとさすがに言葉に詰まってしまった。
 
なんとかいつもどおりを装って「そっか、それなら仕方ないね」と返事をかえしてみたけど
語尾が震えてしまっていたと思う。

『…そういえば。僕の彼女に会わせてあげるって約束してましたよね。
  8時には食事も終える予定ですから、は9時過ぎにでも寮に来てください』
『え、そ、そんな…いいって。無理しなくていいよ、観月君』
『無理などしてませんので、ご心配なく。僕の大事な人に会わせてあげようって言ってるんですよ。
  しっかりドレスアップして来てくださいね、僕が驚くくらいに』
『う…うん。……じゃあ、明日ね』
『はい、また明日。……本当に、楽しみにしてますから』

本当に、私は楽しみにしてませんから。
罰当たりを承知で、心の中でそう呟いてから、電話を切った。

はぁ…。気が重い。



痩せれたらいつか着ようと思って買っていたこの服が、まさかこういう形で初おろしになろうとは。
観月君の彼女との対面のために、おろすことになろうとは。

一生懸命ダイエットした、意義さえ疑わしくなってきた。あーあぁ…。

お礼のつもりで誘ったディナーを断られて、でも形に残るものは贈りたくなくて
でも、さすがに手ぶらはこの上なくまずいと思って、ちょっと上等なシャンパンを用意してみた。

やけくそなんだけど、『二人で飲んでね』って渡せば角も立たないはずだ。
私には彼女と張り合うような真似はできない。

どんどん下向きになる気持ちのまま、目前に迫ったルドルフ学院寮へ足を進める。


てっきりこの前みたいに、門柱のところで観月君は待ってるかと思ったらそこには誰も居ない。
どうしよう、勝手に建物の中に入るっていうわけにはいかないだろうし…。

建物のまわりでも歩いて観月君を探そうかと思ったとき。

「ここですよ。

正面の建物、2階の一番端っこ窓から私に手招きをする人影は声でもわかってたけど、やっぱり観月君。


「もう、待ちくたびれたんですから…早く中まで入ってきてください」

室内の明かりで逆光になって観月君の表情は見えないけど、ちょっと怒ったようにそう言われて、
思わず「はい!」なんて答えてしまう。条件反射って、こんな状況でも作用するんだから嫌になる…。

「んー、いい返事です。早く、早く来てくださいね」


そう言い残すと、観月君は窓から離れて部屋の中に引っ込んでしまう。

最初の怒った調子の声はわざとだったみたいで、今の観月君はだいぶ上機嫌。

よっぽど私に自分の彼女を紹介するのが、嬉しいとみえる。

……今までいっぱいお世話になったんだ。
ちゃんと、私は笑顔で彼女さんにも挨拶しなきゃいけない。
でも、今になって、この憂鬱すぎる気持ちの裏側に気付いてしまった。

私は観月君のことが好きなんだ。




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