美しき設計図 3
 


5分ほど観月君は忙しく動き回った後、どうやら準備が整ったらしく私にA4の紙を3枚を手渡した。

びっしりと細かく項目わけされた文章の羅列に目を疑う。
これは…全部、ダイエットの計画書?
 

「まぁ、僕がたてたこの計画書に添って3ヶ月もたてば見違えますよ。
  みっちり鍛え上げてあげます。だから僕と一緒に頑張りましょうね」
「…みっちり…。う、うん」

観月君のみっちりは、比喩なんかじゃなくて本物の「みっちり」だ。

読書感想文が書けない、と夏休みの終わりに私が泣きついたとき
「じゃあ文章の書き方から、みっちり僕が教えてあげます」って言われて
本当に一晩中寝ないで文章が何たるかを講義されたこともあった。

思い出しても、ぞっとする。



それが3ヶ月間か・・・・。
あ、と声が出てしまって、観月君が怪訝な目を私に向けた。
今日が2月の27日だから、おおまかに言えば3ヵ月後は5月27日。

観月君の誕生日。

観月君が東京の学校へ行ってしまうまでは毎年きちんとお祝いのプレゼントを贈っていた。

昔から高級志向でパソコン機器に目がなくて、その上自分の好みを譲らない観月君だから
誕生プレゼントには、本当にいつも気を遣ったものだ。

毎年迷いに迷って、ほとんど1年がかりで貯めたお金をはたいて
試験に臨むような気持ちでプレゼントを贈ってた。

血眼になっていた自分を思い出して、笑いが漏れる。

その苦労は毎年きちんと報われていて
『今年も合格点をあげられるのはのからのプレゼントだけですね』って
観月君はすごく喜んでくれた…っていうより褒めてくれてたけど。



ただ、受け取る前に必ず訊いてくることがあって、その質問は毎年一緒。

 『、僕のことを考えて選びました?』
もちろん、観月君以外の人なんて想定してるわけがない。

 『、僕の好みを想像して迷いました?』
当たり前。観月君だから、慎重になりすぎて迷ってしまう。

 『ねぇ、僕が生まれた事を嬉しく思って…これを贈ってくれるんですか?』

観月君は本当に賢いけど、この質問ばっかりは馬鹿だと思う。
心の底から、観月君の幼馴染でよかったって感謝してるのに
その観月君が生まれてくれたことを嬉しく思わないはずがない。

もちろんだよ、って3つともに答えると、観月君は肩の力を抜いて
「ありがとうございます」って言いながらプレゼントを受け取るんだ。
どうしてそんな当たり前のことを毎年訊いてきたのか、今でも私にはわからないけど
その質問をするときの観月君がすごく真剣だから
きっと何か観月君にしかわからない意味があったんだろう。


でも、離れてしまってからは、わざわざ彼女でもあるまいし
寄宿先の寮にまで送りつけるのも気が引けて、この4年間はご無沙汰していた。

ああ、また昔のこと思い出してしまってた。




 
「まず、ノートを一冊用意してください」
「ノート?無印とかにある普通のやつでいいの?」
「…やる気の継続のためには、もっと装飾に富んだものが好ましいんですが」
「装飾か…。うーん、そしたらさっきお茶してた時に買っておけばよかった」

件の私が怒って飛び出した喫茶店というのは雑貨屋が併設されたところで
むしろ喫茶店の方より、そっちの雑貨のカジュアルな愛らしさが人気だった。

やっぱりあの時、短気を起こさずに最後まで話を話をきいてたらと
そう後悔に浸りかけた私の目の前に、可愛らしい小花模様のノートが差し出された。

観月君はこれ以上ないくらい得意げな顔で、私の手にそのノートを押し付ける。

…いつの間に、買ってきたんだろう。
 
「あなたが考えることの予測なんて朝飯前以下に簡単なことです。
  僕が買っておいてあげましたから、これを使ってもかまいませんよ?」
「すごい…。しかも可愛い…!ありがとう、観月君」
「いいえ、からの倍返しを思えば安い投資です」
「ば、倍返し……」

ええ、期待してます、と完璧な笑顔で観月君は私の手にしっかりとノートを手渡した。

とりあえず……給料はしっかり無駄使いしないでとっておかなくちゃ。
ものすごく高価な時計とか、それかパソコンの周辺機器でも買わされるんだろう。

ちょっと目の前が暗くなり始めた。

そんな私を横目に、観月君は減量計画の説明を再開する。

「では、さっそく明日から始めましょう。
  このノートには、一日の食事の内容・時間はもちろん体重・運動内容も
  きちんと記録していってもらいます。いいですね?
  体重は起床直後と、夕食前の一日二回計ってもらいます。もちろん体脂肪率と一緒に。
  食事についてですが、夜の間食をなくすことは大大前提です。
  内容もきっちり制限を加えてあるので、計画書を熟読しておいてください。
  あと、毎日入浴前の筋力トレーニングと、入浴後のストレッチは欠かさずに。
  回数は徐々に増やしていけばいいですから、とにかく面倒でもサボらないこと。
  それと……」
「そ、そんなに!?できるかな…」

よどみなく続く観月君の説明に、頭がパンクしそう。
ただでさえあんまり意志は強いほうじゃないのに、できるんだろうか?


「そんな不安そうな顔をしないでください、。できますよ、必ず。
  3ヵ月後の自分がどうありたいか、しっかりビジョンさえ持っていればね」

片目をつむって軽くウィンクをした観月君の言葉に、
怖気づいて揺らぎかけた気持ちが薄れて、本当にやれるっていう気がしてきた。
やっぱり私の思考回路って、自分でもわかるくらい、単純だ。


「3ヵ月後のビジョンね……うん。やるしかないもん、頑張る!」
「んー、やっとらしくなりました。嬉しいです」
「だって一人じゃ絶対続けられないけど、観月君がいるならね。
  それに綺麗に痩せたら、私にも良い人が現れてくれるかもしれないしさ!」

観月君を、こんな風に優しい顔が出来る男の子に変える人が現れたように
私も、側にいてくれるだけで自分らしくなれる誰かに出逢いたい。
観月君以外の誰かを、見つけなくちゃ。


「…さあ、それはどうでしょう」
「?」

それまで柔らかく笑っていた観月君は心なしか表情を強張らせて
私から顔を背けると窓の外に目をやった。


が鈍感だから気付かないだけで、もう出会ってるかもしれませんよ?
  少なくとも僕はもう出会ってますし」
「そっか…観月君の彼女、素敵な人なんだろうね」
「ええ。まあ多少愚かなところもある人なんですが、そういうところも愛らしい彼女らしさと思ってます。
  ………すいません、柄にもなくのろけてしまいましたね」

3ヵ月後ににも会わせてあげますから、と言われた瞬間、初めて胸に針が刺さったような痛みを覚えた。


本当に観月君はその人の事を好きらしい。

私は幼馴染っていう腐れ縁みたいなもので、こうやって減量の面倒まで見てもらえてるだけなんだから
このダイエット計画が無事成功したら観月君離れしなくちゃいけない。

でも…その3ヵ月後までは、昔みたいに観月君に一番近い幼馴染でいたいと思ってしまう。





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