美しき設計図 2


「じゃあ、これからしばらくは、僕の言うとおりの生活を送ってもらいます」

クルクルと前髪をもてあそびながら、私を見据える観月君。
寮って聞いてたから、もっと質素なのかと思ったら…インターネットは繋いであるは、コンポもあるは、
清潔に隅々まで整理されていて、私よりよっぽど上等な暮らしだろう。
ワンルームの部屋の中には、ベットとデスクが置いてあって、
観月君はデスクチェアに、私はベットに腰掛けて向かい合っていた。

なんか、喫茶店で話すより昔に戻ったみたいで、ほっとする。


?僕の話、聞いてました?」

ハッと気付いて視線をもとに戻すと、観月君は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
こ、こわい。ちゃんと聞いてたけど、でも。

「あの…観月君さ。ダイエットの計画立ててくれて嬉しいしものすごく助かるから感謝はしてるんだけど」

そうでしょう?と、得意げな顔。
観月君は、こういう自信満々な顔をしたときが、特にかっこいいと思う。
綺麗に通った鼻筋をツンと上に向けて見下ろすような流し目をくれる顔は、ますますかっこよくなったみたい。

…………本題を忘れるところだった。


「その…こんな面倒なことしてくれるのって見るに見かねたんだよね。
  や、やっぱり見苦しいって思ったでしょ、私のこと…」

自分で言ってて、悲しくなってくる。
言葉が途切れて俯いていると、観月君はデスクチェアから立ち上がって私の真隣に座った。
ベットが軽くきしむ。

……近い。

身を乗り出すようにして、私の至近距離まで観月君は顔を近づけた。
今更距離をかえるわけにはいかないから、私はますます顔を俯かせた。

まだ背が私より観月君が低かったころ、
よくじゃれあって抱き合ったままベットの上で転げまわったりしてたけど
いつからか、観月君から私に距離を置くようになった。

部屋に遊びに行っても「勉強があるんで帰ってくれます?」って
私の方を振り向きもせずに追い返されるようになったんだっけ。
特別な幼馴染と思ってただけに、淋しかった。
でも、4年ぶりに再会した観月君はびっくりするほど冷たくない。
言うことの刺々しさは相変わらずだけど、東京に引っ越す直前の汚いものでも見る苦々しい目つきじゃなくて
何か大事なものを慈しむような目で見てくれる。

…誰か、観月君を変える特別な人でもできたのかな?


「ねえ、。今すぐここで裸になってくれって頼んだら、できますか?」
「な!そ、そんなの…死んでもできない」

思わずガバっと顔を上げた。
できるわけない。ただでさえ、人前に体をさらしたくないのに。

そんな私の考えを見透かすように、観月君は私の視線をとらえる。
テニスをしてるのに、真っ白な肌。 なのに、血みたいに真っ赤な唇。
4年ぶりに間近で見る観月君は、怖いくらい綺麗な男の子になっていた。

観月君は私の顎先に手を伸ばすと、よく聞いてくださいね、と前置きをして
私の瞳を覗き込みながら言葉を続けた。

 
「僕はね、今のあなただって別に醜いなんて思いませんよ。
  もともと女性はふくよかであってこそ、真の美しさが発揮される生き物ですから。
  ただ…現代社会においては飽食であるがゆえ、それを抑制した細身の姿が好まれているだけです。

  ふくよかな女性が、鈍さ・だらしなさ・意志の弱さ・の象徴であるのに対して
  細身の女性は、俊敏さ・しなやかさ・明確な行動力の象徴として見なされます。
  外見から内面を決めつけるのは、ナンセンスこの上ないことなんですがね。

  でも僕は女の体型なんてどうでもいい。
  正直言って誰の外見も中身も、僕に害さえなければどうでもいいんです。
  ただ、。あなたは違う。
  体型のせいであなたらしさが変わってしまうのが許せません。
  現に、僕に会いたくないなんて言ったのは、体型を気にしたわけでしょう?
  
  気にするな、なんて言われてもあなたは気にしつづけて、このままどんどん卑屈になっていくだけですよ。
  だから、あなたの望む体作りに万全の協力をしてあげようって言ってるんです。わかりました?」

ゆっくりと諭すようにそう説明されながら、私はうなずくしかできない。
いつも、どんな時でも観月君の言うことはもっともだ。
でも、正論がどんな場面でも適用しやすいものだとは限らない。
私だって痩せれるものなら痩せたいけど、観月君の手まで煩わせるのは気が引ける。

「……わかったけど。学校も部活もあるのに、私まで面倒かけて悪いよ」
「んふっ。本当に相変わらず察しの悪い…そこがあなたの美徳なんですけどね。
  いいんです。はつべこべ言わずに、僕の言うことを聞いていればいい」

観月君は私の顎先にかけた手を滑らせて、そのまま頬を包むように撫でる。

「……はい。じゃあ、観月君のお世話になる。よろしくね」
「こちらこそ。やるからには中途半端はしませんし、
  お礼もきっちりいただきますので、そのつもりでいてください」

そう言って観月君はものすごく嬉しそうな顔をした。

なるほど、きっと何か買いたいけど高くて手が出ないものがあるのか。
確かに私は社会人になったから学生時代に比べたらだいぶ裕福。
ということは、観月君にとって今の私は都合のいい金づる…?まあ、それでもいいや。
私にとっても悪い取引じゃないんだから。

何はともあれ、観月君の考えてることが8割方わかって安心した。

立ち上がって本棚から何かファイルを取り出したり、パソコンを起動させだした観月君の後姿を
ほっとした気持ちで眺めていられる。





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