美しき設計図 1


、あなた一体誰です」

4年ぶりに再会した幼馴染は、侮蔑の色を隠そうともせず言い放った。


「ええっと…観月君は、その…ルドレフ学園だっけ?制服が良く似合ってるね…。か、かっこいいよ」
「ルド『ル』フです。ふん、こんな野暮ったい制服のどこを見て
  僕に似合うだなんて言ってるんです?失礼な」

神経質そうに眉をひそめて、紅茶をすする観月君。
大学を卒業して就職と共に上京した先では、幼馴染の男の子がテニスのために寮生活を送っていた。

私よりいくつも年下だけど、小さい頃からズバ抜けて賢くて綺麗で
私の方が世話を焼かれるようにして過ごしてきた幼馴染み。
彼は昔から私を名前で『』と呼び捨てにするけど
私は彼を名字に君付けで『観月君』と呼んでいるのが、その力関係を表してる。


一回せめて私を名字で呼んでくれないかと頼んだら、思いっきり嫌そうな顔で
「どうして僕がわざわざ呼び方を変えなくちゃいけないんですか?
 あなたの方が変えればいいでしょう」と却下された。

でも、まさか「はじめ君」なんて呼べなくて、結局今でもそのままだ。



「で、一体どんな大学時代を送ればそんなに別人のように太ることができるのか教えてほしいですね」
「うん…ごめん」
「簡単に謝らないで下さい。もう社会人のくせにみっともない」

4年ぶりに再会したはいいけれど、観月君と離れていた大学の4年間で私は見事に
ちょっと数字に表したくないほど太ってしまった。
そりゃあ、別人って言われても当然だと思う。
自分でも、もう痩せてたころなんて思い出せないくらいだ。

観月君は、見とれるような綺麗な男の人になったっていうのに。

だから、昨日いきなり電話がかかってきたときに「会いたくない」と何度も何度も断った。


『どうしても会わないならそれでもいいですが、後悔するのはあなたですからね。僕は知りませんよ』

服一枚へだててナイフの切っ先を押しあてるような言い方が観月君は昔から得意だ。
憂鬱この上ない気分を何とか立て直してここまできたのに。


「まあ、のことですから。どうせだらしのない生活でも送っていたんでしょう。
  昨今の大学生らしく飲み会と合コンを存分に楽しんだツケですよ」

唇の端を歪ませて、皮肉たっぷりの笑みを見せる観月君。
たしかにだらしのない生活を送っていたかもしれない。
でも飲み会なんて、ましてや合コンなんて一度も行ってない。
勝手に決め付けて馬鹿にするなんて、いくら観月君でも許せないと思った。

もう、いいや。
再会を懐かしむならまだしも、こんな風に神経を逆撫でしてもらうために
ここまで会いにきたわけじゃないもの。


「……、黙ってないで何か言ったらどうです?」 
「帰る」
「は?」

立ち上がって、バックを持つと振り返らずに一気に店の外へ出た。
観月君の性格上、絶対に追いかけてきたりしないから通りに出てからも走る必要なんか全く無い。


それにしても。

やっぱり男の子から面と向かって「太った」なんて言われると本当に傷つく。
観月君みたいに綺麗な男の子からだとなおさらだし毎日毎日、自分が一番それを気にしてる。
あーあー。なんだか泣きそうだ。

もうさっさと家に帰って、寝よう。



地下鉄の切符販売機の前に立って、お金を入れる。
私の駅までは…260円っと。

デジタル数字で「260」と表示されたボタンを押そうそした瞬間、
真後ろから伸びてきた手が、「払い戻し」ボタンを押した。

ピー、という機械音の後、入れた分のお金が出てくる。

だ、誰?何の嫌がらせ?

ビクビクしながら振り返ると、そこには不機嫌この上ない顔の観月君が立っていた。

「なんで…いるの?」
「どうだっていいでしょう、そんなこと」

そっぽを向いて、吐き捨てるように答える。
もう、それなら放っておいてくれたらいいのに。

「そう。じゃあ、私は帰るから」

再び販売機の方を向いて、お金を入れようとすると今度はコインの投入口ごと観月君の手が塞いだ。

「まだ話の途中だったはずです。さ、戻りますよ」
「嫌。もう帰るって言ったら帰る」
「馬鹿なわがままはよして下さい。聞きぐるしい」

昔と何にも変わらない。いつもこうやって観月君の言いなりなんだ。
今日に限って珍しく追いかけてきてくれたのは、よくわからないけど
でも、もう今は帰りたい。観月君にこんな私を見られたくない。

溢れそうになる涙を、必死でとどめた。
 
「お願い。私、帰りたいの。だから切符買うの邪魔しないで」 
「…会わない4年間の間に、ずいぶんは強情になりましたね」

そんなこと言われたって観月君の方こそ、4年間の間にずいぶん意地悪になったくせに。

でも、一言だって観月君に言い返せば、その倍以上の言葉で言い負かされて
私の状況はますます悪くなるに決まってる。
こうなったら帰してくれるまで、だんまりを押し通すしかない。


?」
「・・・・・」
「沈黙の抗議でもしてるつもりですか?無駄ですよ」
「・・・・・・・」
「いいかげんにしないと、さすがの僕も怒ります。返事くらいしてください、まったく」
「・・・・・・・・・」
「…わかりました。確かに……僕がデリカシーに欠けていた部分もあったと認めますよ。
  そのことは謝りますから、とりあえず僕の寮に来て話の続きをしましょう。いいですね、?」

ちょっと首を傾けて、そうやって今日会ってから初めて観月君は優しく笑った。

観月君は知ってるんだ。やっぱりまだ覚えてたんだ。

私が珍しく意地を張った時だって、この仕草をすれば必ず私が折れるって。
どんなに観月君がひどいこと言ったって、この仕草をすれば私が一瞬で観月君を許してしまうって。

私達がどんなに大人になっても、それは今も変わらない。

「わかった……」
「そう言ってくれると思ってました。嬉しいです。やっぱりは…いえ、じゃあ行きましょうか」

んふっ、とあの独特の笑いと共に私の手を引く観月君は
昔は私の方が背も高かったのに、いつの間にか私より大きくなってる。
ずっとテニスを続けてきたせいか、体つきもこころなしか逞しい。

ほんと綺麗な男の人になった。

そして私は…全然綺麗な女になんてなれてない。




 




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