新月の日に 9




侑士が、梨乃とがどうたらこうたら言ってたのをふと思い出した。

あの侑士すら見当違いすぎる勘違いをしてたくらいだし、
の様子がおかしいのも、もしかしたら梨乃が関係してんのかもしれねえ。
ただ、その確認をとってみただけなのに…

 『もしかして、梨乃のことか?』

その質問に返ってきたのは言葉じゃなくて、の涙。
どんな言葉よりも悲しく、イエスと俺に伝える。

のここ最近の様子がおかしかった原因が梨乃に関係してたことも驚いたけど
でも、がこんな風に泣くことにびっくりした。

体の中に溜め込んでいたものを吐き出すように、は本当に苦しそうに泣く。
泣きすぎて壊れちまうんじゃないかって心配になるくらいだ。
呼吸だけでも楽にさせてやりたくて背中をさすってみたけど、逆に泣き方がもっとひどくなった気もする。


シャツにしがみついて泣くを抱き締めたまま思った。
そりゃあ俺だって…本当は泣かせたたままにしたくない。
こうやって傍についてやってるんだから、ちゃんと慰めてやりたいけど…
もし一瞬でを泣き止ませる言葉があったとして、今はまだ使うべきじゃないと思うんだ。

だって、こうやってが俺に涙を預けてくれるなら、それをちゃんと受け止めたい。

好きな女が泣いてんだから、そんなの俺だって見てて辛いけど
でもその辛さくらい我慢できなきゃ彼氏なんて言えねえだろ。
流れる涙から、俺はがどれくらい苦しんでたかを知らなきゃなんねえ。

それに…

何時間も待って、やっとを捕まえた。もう二度とあんなよそよそしい顔なんかさせてたまるか。
泣き顔でもいいから俺に寄り添ってくれるに戻ってくれて、俺、ほんとに今、安心しちまってる。

ごめんな、。 でもちゃんと涙が止まるまで、ずっとこうしててやるから。





だいぶ時間がたって、しゃくりあげるの喉が落ち着いてきた。
ただ、の泣いた理由は梨乃に関することらしいって以外わからないままだ。

どうしてが梨乃を気にする必要があんだ? ないだろ、何も。
俺の気持ちはにしか向いてないんだから。
梨乃に特別な気持ちなんてこれっぽっちも持ってない。
もそれはわかってくれてると思ってたのに…そうじゃなかったってことなのか?

心の中でのその問いにもちろん答えなんて返ってこないけど
でもシャツ越しに感じるの涙が、今までが言葉にしてこなかった気持ちを痛いほど伝えてきた。

、ごめん。ほんとに、ごめん。
沢山悲しませてた。嫌な思いをさせた。傷つけてた。


でも誰がどう思おうと、たとえすら信じてくれなくても、俺にはしか見えてない。
だけが、俺の特別で、好きな女。

どうやって伝えたら。





あの時、侑士に説明しそびれたことを思い出した。…月。月と太陽。と梨乃。
侑士は最後までわかってくんなかったけど、ならわかってくれるはずだし俺もに伝えたい。

様子も落ち着いてきたことだし、思い切ってに話しかけてみた。


「あのな…梨乃…あいつは太陽ってかんじだけど…俺にとっては月って思うんだ」
「…そう。…それ、当たってる」

あぁ、やっぱは特別だ。俺のことちゃんとわかってくれんのは、いつだってだけ。
聞き取れないくらい小さい声だったけど、が返事をしてくれたことにもホッとする。
そう思って肩の力を抜きかけたとき。

「梨乃ちゃんはいつでも明るくて元気だし、私は地味でパッとしないから」…なんて
掠れた声で呟いたに、思わず「はぁ?」と真顔で訊きかえしてしまった。


「ったく、なんだよ…も侑士も案外バカなのな」
「…どうして?」

どうして…まじでまでわからねえらしい。おいおい…なんか、がっくりしてきた。
あーもう、そんなに俺の例えは下手糞かよ。絶対きちんと伝わると思ったのに…

でも、侑士と違っては俺の言葉の続きを待ってくれてる。
部屋が暗くいから見えないけど、でもきっと泣きすぎて淵が真っ赤になった目で
俺の方を見てくれてる気がした。

だから、俺も簡単に腹立てたりしないで、きちんとに説明しようと思える。


「あのな…俺、スタミナねえだろ?だから太陽ってあんま好きじゃねえの。
  できるだけ雲に隠れててほしいっつーか。その、無駄に気温上げられても困るんだよ。
  体力どんどん奪われちまうし、真夏のクレーコートなんて地獄だぜ。ほんとマジで地獄!」
「…そんなの、岳人の偏見なんじゃない?」
「しょうがねえだろ、ほんとにそう思うんだから。は室内コートしか知らねえから…ってそれはいい。
  とにかくさ。梨乃のやたら元気で体力げっそり持ってかれる感じとか、ほんと太陽そっくりなんだ。
  後輩だし懐かれてるから面倒くらいみるけど、すっげー疲れる時もあって…とは違う」

確かに、最初は『先輩』って俺のことを呼んで懐いてくるのがやたら新鮮で嬉しかった。
そりゃちょっと浮かれてたかもしんねえけど、そんなのほんとに最初だけだ。
好きとかそういう対象なのはしかいない。



「だからさ。梨乃のことなんかは気にすんなよ。な?」
「…うん…」

俺としては、すっげー上手く説明できたと思う。
の声が全然浮かないから少し不安にもなったけど、さっきまで泣いてたせいで疲れてるんだろう。
そう俺が納得しかけた時、俺の腕の中での体がかすかに揺れて、小さな声で呟いた。

「岳人…じゃあ例えばね」
「うん…なんだよ」
「私が、他の男の人と岳人のいないところで一緒にご飯食べたり
  お酒飲みに行ったりしても…私に特別な感情がないなら岳人は何とも思わないの?」
「そりゃあ…思わねえ、と思う。うん、多分大丈夫」

と返事はしたものの…正直なとこ、想像自体ができねえ。
これまでと付き合ってきた中で、一度もは男友達なんかと遊びにいかなかったし
ましてや、そんな奴がいる様子もないから、が俺以外の男と飯食ったり
楽しそうに話してるとこなんて思い浮かべようにも現実感がなさすぎる…

「今日、行ってきたよ」
「は?」

軽く俺の体を押して、は腕の中から離れて起き上がると
ベットの上に座りなおして、枕元に置かれていた花束を手に取った。

俺も、起き上がってと向かい合う。


「おい。今…なんつった?」


は花束に顔を少し埋めて、そのまま顔を俺の方に向けないまま、それでもはっきりと答えた。
  
「今日一緒にいたの、前に付き合ってた男の人なんだよ。普通の…女の友達じゃない。
  岳人もいつか見たことあるでしょ。あの人。あの人と二人で一緒にご飯食べて、お酒飲んできた」
「そんじゃ…その花束。あの男からもらったのか」
「………うん」
「ふざけんなよ!!」

一瞬で頭に血がのぼる。
気が付いたら、が手にしていた花束を思いっきりはたき落しちまってた。

驚いた顔で は俺を見るけど、そんなのこっちが驚きだ。


バサっと、床に叩きつけられた花束。

は俺から、目を逸らさない。






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