新月の日に 6





俺の言葉を遮るように切られた携帯電話を手にしたまま、信じられない気持ちで立ち尽くした。

は俺に何か隠してる。
そう言えば…今頃になって合点がいった。

最近は一緒にいる時も電話で話してる時も、はどこか元気が無くて
それだけならまだしも、俺の話を上の空で聞き流しているような時もある。

今までは、そんなこと絶対なかった。
俺のちょっとした変化にもすぐ気付いてくれてて、
元気がないときも話してるうちに、明るくなってくれてたのに。

ガラス一枚隔てて、と向かい合ってるような気さえしてくる。
すぐ近くにいるようで、本当は触れ合ってなんかいない…


は…さっきの電話で何時に帰るか分からないって言ったけど
明らかに俺を避けて早々と切られて、不安にならないわけがない。
原因なんてわからねえ。
それならもう、に直接訊くしかこの不安を取り除く方法はない。

嫌な予感に怯えたままなんて、まっぴらだ。


「がっくん先輩!彼女さんのとこ行かないなら、今日は梨乃と一緒にご飯食べにいきませんか?」

いつも以上に明るい声で梨乃はそう誘ってくれたけど
体を逆さに振ってもそんな呑気な気分にはなれそうにない。

「わり。それどころじゃねーんだ。俺、もう行く」
「…彼女さん、会えるの?それなら梨乃も…」
「それは無理。今日はと二人で話がしてえんだ。帰り遅くなるみてえだけど
  家の前で待っときゃ確実だからな。つーわけだ、また今度にしてくれよ」
「…そうですか、わかりました」

もっとごねられるかと思ったけど、珍しく梨乃に文句も言われなかったから
ちょっと意外な気持ちで、軽く梨乃の頭を撫でる。

携帯をポケットにしまいなおして、そのままの家へ向かった。






チャイムを鳴らしてみたけど、やっぱりは出なかった。
ま、帰り何時になるか分からないって言ってたんだから当たり前か。

の部屋の玄関のドアに背をもたれて、そのまましゃがみこむと
見上げた夜空に、星はあっても月は無い。

新月か…。
俺がに会えないのも、ちょっと納得だな。だっては、俺にとっての月だから。
は俺を照らす月。


この前の侑士との会話で、気付いたことだ。



一昨日くらいだったか…




部活の休憩中、俺にスポーツドリンクを手渡そうとした梨乃に、侑士が真顔で言ってきた。
   『ちょっとダブルス同士の大事な話があんねん。席、外してくれるか?』
梨乃は一瞬動きを止めて侑士を見上げると、返事もせずにその場を離れた。
侑士と梨乃があんまり仲良くないのは気付いてたけど、ちょっと驚いた。
梨乃いるとき、侑士は絶対俺の傍に近寄らないし、もちろん梨乃も同じだ。

歩いていく梨乃を見送って、侑士は溜息をつくと、ドサッと俺の横に腰掛ける。

「…岳人な。俺もそうそう他人の恋愛に首突っ込む趣味はあらへんけど
  こんままじゃ梨乃ちゃんはともかく、さんが気の毒やで」
が気の毒って…どういう意味だ?」
「梨乃ちゃんにあんな彼女面させといて、不快にならん女がおるかいな。
  二股かけんならそれもええけど、本命がどっちなんかくらいハッキリさせや」

二股!?

考えてもなかったことを、当然のように言われて
侑士の顔を睨みつけると、侑士はちょっと目を見開いて「なんや違うんか」と呟いた。

「当たり前だろ。ったく、ふざけんなよ。俺の彼女はだけだっつの」
「ふうん。なるほどな…
  そこまで言い切るなら、さんと梨乃ちゃん、それぞれ岳人はどう思っとるん?」

どう思ってるって…侑士は俺より全然頭いいはずなのに、珍しく馬鹿みてえなこと訊くもんだ。

は彼女だと思ってて、梨乃は後輩」
「アホ。もっと岳人にとっての、内面的な差を訊いてんねん」

内面的な差、とか言われてもそんな難しく考えたことねえし。

と梨乃の差、違い。
二人の顔を思い浮かべて、浮かんでくるそのイメージは…そうだな、強いて言えば。


は月で、梨乃は太陽」
「…さんが太陽で、梨乃ちゃんが月、の言い間違いじゃないんか?」
「ちげーよ。が月で、梨乃が太陽。は太陽なんかじゃねーよ。月だって」

侑士は俺の答えに思いっきり眉をしかめると
手にしていたラケットの面を、俺の頭にバシンと振り下ろした。

「いってーよ!」
「当然やろ。まったく…ジュリエットが聞いたらご立腹やで、そのたとえ」

なんでシェークスピア?ぶたれた頭を押さえながら、侑士を見上げて考える。
そのジュリエットが月をどう思ってんのか知らねえけど、でも俺にとってが月だってのは…

「あぁもう休憩も終わりやな。ほら、行くで岳人」
「ちょっ…詳しい説明まだしてねえぞ!」
「そんなんいらんわ。まぁ、一応お前なりにさんが特別やっちゅうことやねんな?」

侑士は疲れたように頭を軽く振りながら立ちあがる。
さっきからそう言ってんのに、侑士の奴も案外しつこいところあるもんだ。
でも…口じゃろくなこと言わねえけど、侑士なりに俺達のこと心配してるってことか。
へへっ。なんか、嬉しい。
普段クールなばっかと思ってたけど、やっぱ伊達にダブルス組んでねえよ。

「おう!本命も何も、俺が好きなのはだけだぜ。梨乃はただの後輩だ」

そうきっぱり断言すると、久しぶりに侑士はニヤっといつもの笑いを見せた。






なんだったんだろうな、ジュリエットが怒る理由って。

俺にとってが月だっていうのは、考えれば考えるほどピッタリだ。
抱えた膝に顔を埋めて、そのまま目を閉じる。

まだ当分は帰って来ないだろう。でも、会って話すまでは絶対帰らない。

こうやって見上げた空に、月が見当たらないだけでも不安になるんだ。
もし別れたらなんて考えたくもない。
こんな日に新月だなんて縁起が悪いったらないよな。

部活で疲れてるってのに、腹も減らないし眠くもならない。
普段は考えないようにしてる、嫌な想像ばっかりが頭に浮かんで増えていく。


早く帰って来いよ

俺、何時間でも待っててやるから。






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