新月の日に 3



と付き合うようになって、初めての春。
俺は一つ学年が上がって、でもは社会人で特に学年とかねえから
つまり俺がに一歩近づいたってことだ。
別に年下扱いなんてはしねえけど、それでも俺が守る立場になりたくて
早くに追いつきたい焦りが、いつもある。

どうしようもならないことだって、わかってはいるけど。


学年が上がってから変わったことは、新入生に梨乃っていう妹分みたいな奴が出来たこと。
俺も小柄な方だけど、その俺から見てもちっこくて『がっくん先輩、がっくん先輩!』って毎日うるせえ。
部活動見学の時に俺のプレイを見てからファンになったらしい。

そんなわけで、放課後の練習だけじゃなく週末の練習試合まで
しっかりチェックして応援に来るんだぜ?
の相手だけで俺は忙しいっての。

でも…俺はいつも子供扱いされてばっかだったから、
こうやって兄貴みたいにして懐かれるのは、悪い気がしない。
俺と並んでも明らかに俺の方が大きいし、名実ともに先輩って感じだ。
だから梨乃がまとわりついてきても、俺は振り払いきれずにいる。






「がっくん先輩がっくん先輩!」

侑士とコートに行く途中、後ろからガバっとタックルされる。
こんなことしてくんのは梨乃くらいだ。

「あんだよ!今から練習だ、ちょっと離れろ!」
「やーです。梨乃の質問に答えてくれるまで離れません。
  がっくん先輩…彼女いるって、本当ですか?」

何言ってんだ、こいつ。
はほとんど毎週末、練習を観に来てくれてる。
そのときに俺は「彼氏」として堂々と弁当を作ってきてもらってんだ。
だからテニス部の連中で、が俺の彼女ってこと知らねえ奴はいない。

「…梨乃ちゃん、岳人の彼女見たことないん?
  日曜の練習、いつも観に来とる女の人おるやろ。あの人やで」

侑士が横から、さも意外という声を出す。
あのべっぴんさんがこの岳人を選ぶやなんて世も末やんなぁ、と嘆く真似なんかして。
 
「うるせーな!くそくそ、侑士め。こう見えてもの方が俺に惚れてんだからな!」
「へー。毎週毎週、弁当受け取る時にアホ面丸出しではしゃいどるんはどこの誰や。
  ほんま、岳人にはもったいない女の人やで」

そう言われて、グッと言葉に詰まる。

わかってんだ、ほんとは。は俺になんかもったいないって。
俺と付き合いだしてから、なんかどんどん綺麗になってて時々不安になるくらい。
ただでさえ、俺はハンデしょってるのによ。

でも…俺達、キスしたしな。
まだ唇と頬に一回ずつだけど、俺はとキスをした。きっとこれからはもっと。

ついまた思い出して、顔がにやけてきてしまう。




「…というわけや、梨乃チャン。岳人には彼女おんで。
  さんっちゅう、とびっきりのべっぴんさん。残念やったなあ、出遅れてもうて」

侑士は、意味ありげな目で梨乃の方を見ながらそう言った。

「…そうなんですか。梨乃、てっきりお姉さんなのかと思ってたから…」
「ちっげーよ!あーもう、そんなこと言うなら今度会わせてやる。
  多分、今週末もは練習観に来るし」
「ほんとですか?がっくん先輩の彼女さんと…梨乃も仲良しになりたいです」

俺を見上げて、ニコッと笑う梨乃。俺を見下ろして渋い顔の侑士。
なんなんだ?全然わかんねー。


「梨乃ちゃん…いくら頑張っても岳人達の間には入られへん。やめとき」
「えー?そんなの会ってみないとわかりませんよ、忍足先輩」
「…たいした自信やんなぁ、自分。ま、あんま余計なことはしなや」

侑士はそれだけ言い残すと、タックルされたままの俺を置いて早足でコートへ向かった。


「それじゃあ、約束ですからね?がっくん先輩!」
「お、おう…」

なんかよくわかんねえけど、約束しちまった。ま、とりあえず、今夜電話でにも言っとくか。
は優しいから、嫌な顔なんかするはずない。








「…つーわけでさ。会わせろ会わせろってうるさいんだよ。
  だから日曜、梨乃に会ってやってくれるか?」

ベットに腰掛けて、へかける夜の電話もすっかり最近の習慣だ。
油断すると喋りすぎちまうから、いつも15分って決めてある。
俺は会えない分もっと長く話してたいって言いたかったけど
は「週末は必ず会おう」って約束してくれたから。

「うん。会っても別に構わないんだけど…」

珍しく歯切れの悪い。なかなか次の言葉を言おうとしない。
なんか都合悪いことでもあんのか?

あ、もしかして。

「大丈夫だって!梨乃は人懐っこいから、もすぐ仲良くなれるぜ。
  つーかさ、が俺の分まであいつのお守りしてくれよ」
「うん…そうだね。検討しとく」

は浮かない声でそう答えると、今夜は疲れてるからもう寝ると言って電話を切った。
どうしちまったんだ?まだ弁当のリクエストもしてねえのに。
ま、仕方ない。きっと仕事で何あったんだろう。

は俺に仕事での愚痴なんて一度も言ったことがない。

そりゃあ、俺には仕事の大変さなんてわかってやれねえ。ましてや相談になんて乗れるわけない。
でも、そういう時こそ、彼氏なんだから頼ってくれたらと思う。
梨乃はなんでもかんでも俺に訊いてきて、うっとおしいくらいだ。
それは俺を先輩だと思って頼りにしてるから。
も梨乃くらい、俺に頼ってきてくれたらいいのに。

ふと、いつもは気づかないようにしてる胸の痛みが襲ってくる。

そんなに俺は頼りにならない、年下の男なのかよ。
この前こそウィルス除去してやって、俺の方がの周りに普段いる男よりよっぽど…

あーもう、何を暗くなってんだ!

は一人の男として俺が好きだって言ってくれた。
俺はを信じてる。それでいいじゃねえか。

なんとか自分の気持ちをなだめで、これ以上変なことを考えないよう
いつもより早めの時間だけど、寝ることにする。

週末になれば、やっとに会えるんだ。

そうしたら、こんな痛みは消えるに決まってる




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