対飼いになりたい / 青の鳥 10





転入初日の朝、景吾にネクタイを結んでもらいながら、何度も何度も確認をとる。


「おかしくない?ほんとに私がこの制服着てても…不自然じゃない?」
「くどい」
「だって、いかにも本当は2つも学年が年上の女が着てるように見える」

鏡に映った自分と景吾では、あまりに制服との一体感に差があるような気がした。
私が通っていた中学校はセーラー服だったので、氷帝学園のブレザーは余計に見慣れない。

ネクタイの長さを調節して、景吾は私に顎を少しあげるように言うとネクタイの首周りを絞める。
自分はかなり緩めに絞めているくせに、私の分はきっちりと絞めてくるので
なんだか首周りに軽い圧迫感を感じてしまった。

「私も景吾みたいに、緩めに絞めてくれないかな」
「キスマークが見えてもいいなら」
「…今夜からは気をつけてよ」
「さあな」


最初は普通に唇を寄せる程度だったし私は今でもそうだけど、最近の景吾は違う。
夜のベットの中で唇へのキスはもちろん、体に落としてくれる口付けの一つ一つがかなり強い。
だから私の首筋から胸元、腕の付け根あたりにかけては小さな赤い痕がいつも消えずにある。


「……この俺がわざわざ結んでやるんだ。お前以外には絶対やらない。くだらねえ注文つけんじゃねえよ」


出来たぜ、と一言付け加えて、景吾はそのまま私を正面から抱き締めた。


「俺の通う学校の制服が、に似合ってないわけねえだろ」
「…ありがとう。今日からよろしくね」
「わからねえことがあったら何でも言え。俺が後で全部やってやるから」


そうして景吾は優しく私の髪を撫でる。 今日からが新しい始まりだ。






氷帝学園はびっくりするくらい綺麗な校舎と、お洒落な生徒ばかりの学校だ。
いつもは部活の早朝練習がある景吾が、今日だけは私のために登校時間をずらしてくれて
職員室へ私を引率してくれた。 景吾と並んで廊下を歩いていると、すれ違う女の子がみんな
そっと視線を景吾に向けているのがわかった。みんな私と同じように景吾に心を奪われているんだろう。
でも景吾は誰からの視線も決して受けとめないし、ほんの少しでも見つめ返してやったりしない。私が隣にいるから景吾は絶対に他の人に注意を向けないんだと思う。




職員室に入ると、景吾は小柄な女の先生の前へ立った。お母さんと同じくらいの年の人だ。

景吾とその横に立つ私に気づいて、その先生が顔をあげる。


「あら。あなたが転入生の方?」
「あ、はい。あの、えっと……」

、とお母さんの旧姓を使ったままでいいのか、跡部と今の状態に合わせるべきか
一瞬判断しかねて私は困って言葉に詰まる。昨日の晩のうちに、景吾にきちんと確認を取っておけば…

さん、ね。跡部君から話は聞いてるわ。ご両親が亡くなって、今は跡部君の家で生活なさってるんでしょう。跡部君とは従姉妹にあたるのかしら?」
「はい、俺の従姉妹です。父方の」
「そうなの。言われてみればあなた達、どことなく似てるような気もするわねえ」

景吾と先生の話を聞きながら、自分がどういう位置づけで紹介されているのかを初めて知った。
景吾のお父さん方の従姉妹……ということは、つまり姉弟だということは絶対秘密らしい。
苗字も跡部姓に戻っていないところをみると、多分戸籍も移されていないんだろう。
なんだか少しだけ、蚊帳の外に置かれているようで寂しい気がする。

「先生」
「なあに、跡部君」
「こいつ人見知りが昔から本当にひどくて、多分俺以外の奴とはまともに話せないと思います」

そう淡々と話した景吾の横顔は真剣そのもので、あまりの真摯さに私は言葉を失ってしまう。
私は初対面の人ともわりと身構えずに打ち解けられる方だ。
自分から交流を積極的に求めるわけじゃない。でも、それなりに頭に浮かぶ話題を振ってみるくらいはできる。

人見知りがひどかったのは私じゃなくて、景吾の方だ。
幼い時、私以外の人に景吾が示す意思表示は首を縦か横に振るだけだった。
もちろん成長するにつれてそれは直っていったけど、今でも簡単に人に心を許したりしないと思う。


景吾は横目でちらりと私を見た後に、先生の方へ向き直る。

「慣れるまで当分は俺が傍で面倒みるよう父から言われてます。なので、席は俺の隣にしてもらえますか」

景吾と同じクラスなだけじゃなくて、席まで隣。それならもう何でも大丈夫だ。私は人見知りにでも何でもなる。
先生は景吾の手をとって「是非そうするわ」と励ますように返事をした。
私は『人見知りの激しい』らしく、できるだけ無表情のまま先生に頭を下げる。


先に景吾は教室へ戻ることになって、職員室を出る間際、私の肩に手を置くと声を低めて耳打ちした。


「…俺以外の奴に慣れるなよ。絶対に」

 
嬉しくて景吾に抱きつきたくなるのを、なんとか微笑み程度に抑えて了承の返事を伝えた。

そういう心配をさせてしまったことを申し訳なく思うけど、嬉しいものは嬉しい。
景吾が望んでくれるなら、何に代えてもそれに従う。

景吾以外の人と仲良くなったりできないと景吾自身が安心できるように、私は目や喉を潰してもいい。でもそれをしないのは、景吾が私を見つめる視線を、自分の瞳で受けとめたいからだ。景吾が望む時に望んだ分だけ、離れないで傍にいるよと言ってあげるために目と喉が必要だと感じている。




先生が私に関して簡単な自己紹介をみんなの前でしてくれて、その後に私の座る席を決めてくれた。
一番窓際の列で前から2番目、隣に景吾の座っている席が今日から私の席だ。


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