対飼いになりたい / 青の鳥 07




の部屋は、入り口から向かって左手に浴室が備えてある。
純洋風の、白い大理石で作られた浴槽と木漏れ日を映したようなタイルが敷き詰められていて
天井には浴槽につかったまま夜空を眺めることができるよう、天窓がつけてあった。

2メートル平方のガラス越しに見える星空の真下、俺とは並んで浴槽の中を覗き込んでいた。
薄く水をはった浴槽の底に、シーツと寝巻きの下がそれぞれ一部分だけ浸してあって
浸された二種類の布の周りだけは、水がうっすらと赤く染まっている。


は、まだ下着姿のままだったので、視界の端に白い肌が映って俺を落ち着かない気分にさせる。


「生理ぐらい、女なんだからあって当たり前だろ」

慰めるつもりで言った俺の言葉に、がゆっくりとこっちに顔を向けたので
視線だけの方に向けて返す。 
また泣き出しそうな顔してやがる。 俺がこうやって傍にいるのに。


「だって景吾は、嫌いなくせに。汚れるから」
「何が」
「生理になってる女の人が嫌い?それとも、生理があるから女の人が嫌いなの」
「なんの話だ」
「景吾の話。景吾のこと言ってるんだよ」

そう言っては浴槽の中に視線を戻したので、とりあえず俺もそれに従った。

と、その時部屋の方で扉のノックされる音がした。
さっき内線電話で持ってくるよう指示しておいたものが用意できたらしい。

「…すぐ戻ってくる。ここで待っとけよ」

立ち上がって、の髪を一撫でしてから俺は浴室を出た。

さっきから会話が全然噛みあわなくて、俺の方こそ泣きたくなる。
どうしてこんなことくらいで、は怖がったり混乱したりしちまってんだろう。







戻ってきてタイルの上に血液用洗剤を置いてから、とりあえず浴槽の淵に腰掛けた。
それからへは濃紺の寝巻き上下を渡す。もちろん、これを着ろという意味で。

相変わらず浴槽の中を覗き込むようにタイルの上で膝立ちになったまま
は俺から新しい寝巻きを一応は受け取った。
でも、なかなか袖を通そうとしない。 

また汚してしまわないかと心配してるんだろうか。

薄い水色の寝巻きに赤い血のシミは水の中に浸した今も、正直かなり目立ったから
が気にするのも無理ないと思う。
でも俺はとにかく早く身につけさせたくて、言い訳がましいほど言葉を重ねてかけてしまう。

「地色がこんだけ濃けりゃ、血だろうがなんだろうがいくらにじもうが目立たねえよ。着心地も悪くないし、わりと厚手の生地だからには体が冷えなくていい。俺のだから多少サイズはあわねえだろうが…そんくらいは勘弁しろ」

の替えの寝巻きには今浴槽に浸っているのと同様に淡い色味のものしかなかった。
そういう色が似合うと思ったから、全部俺が指定してそうさせたんだが
まさか、真っ赤な寝巻きなんて必要になるときがくるとは予想できなかったから仕方ない。

ただ、赤でなくとも明度の低い濃色なら、血がにじんでも目立たせない効果は充分果たせるだろう。
そう思って、俺の手持ちの中にあったもので代用させてもらった。


とは言え、多分のことだ。どうせ………

「景吾のパジャマなら、私、なおさら着られない」
「じゃあそんな下着一枚の格好で、また風邪でもぶり返そうってのか」

予想通りの問答を間髪入れずに制すると、が返そうとした言葉を詰まらせたのがわかる。
俺だって本当は、こんな言い方をしたかったわけじゃない。 
でもこうでも言わないと着やしねえだろ。 くだらねえ遠慮なんか早く捨てろよ。

そうしてお前自身のためにも、早く肌を隠してくれないと俺の押さえがきかなくなる。

「着ろよ」
「景吾のなのに…私が着たら汚れるよ。ほんとにいいの」

のためらいが消えるのを悠長に待っていてもしょうがない。
浴槽の淵に腰掛けていた状態から立ち上がって、の方を向いて膝をつく。

の手から寝巻きの上を取り上げて、ボタンを全部はずしてから肩へまわして羽織らせた後
そのまま立ち上がらせて浴室を出て行くよう背中を押した。


「……部屋にココアを用意させといた。全部着たらそれ飲んで待っとけ」
「景吾は?」
「やることやったら俺も戻る。とにかくお前は、これ以上体冷やすな」


少し力を入れてもう一度背中を押すと、は不安そうに俺を振り返りながら浴室を後にした。






血液用洗剤。初めて見たので、裏に書かれた使い方を一通り読んでから蓋を開けた。
見たところ普通の洗剤と変わらねえが、洗浄の対象が血液に絞られてるあたり成分は違うんだろう。

両腕の袖をまくってから、浴槽の底に沈むシーツをまず手に取ると
水につけていたとは言え、まだ充分に染みは赤く残っていた。
その上に洗剤を垂らしてから布同士を擦り合わせると、きめの細かい泡が立っていく。

さっきが口にした言葉を改めて思い返してみても、やっぱり意味がわからなかった。
どうしてシーツや寝巻きを汚してしまったことを隠そうとしたり
俺に知られたら俺から嫌われるなんて、ありえもしない馬鹿げた考えを信じ込んでるんだろう。

に生理があるってことは、男を受け容れる準備ができてる体だってことの証だ。
いいじゃねえか。問題ない。
それにの体から流れ出たこの血が、汚れだなんて誰が言った。
下着やシーツに垂れ落ちてしまう前に、俺の手のひらで受け止めたかったくらいなのに。





泡と一緒に完全に染みの流れ落ちたシーツを、一旦浴槽の淵にかけておいて
今度は寝巻きの方を水の中から拾い上げる。

薄い青の地の生地に、刷毛でベタリと塗ったように広がる赤……が女だから流れる血。
多分あいつはまだ男を知らない。でもいつかは知るだろう。

まだ時期が整っていないし、手に入れる以上は完璧な形を望むから伝えてないだけで
初めての痛みと血を与えるのも、その先も受け入れるべき相手としてあり続けるのもこの俺だ。



洗い流すことが妙に惜しくなってきて、布地の赤く染まった部分を指の腹で撫でていたら
遠慮がちに二度、浴室の扉がノックされた。






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