対飼いになりたい / 青の鳥 04



が俺の元へ帰ってきてから2週間目。
編入試験を来年の2月に受けれるよう、特例ということでなんとか段取りがついた。


ほとんどがエスカレーター式の奴ら、残り2割程度が小等部・中等部・高等部の節目の入学試験を
突破して入ってきたいわゆる「外部組」、この2種類の人間が氷帝生の全てだった。
だから2年生からの途中編入生なんて異例中の異例……
そのせいで思った以上に手間取った。でもそれを徒労とは思わない。


本当なら、来年から俺は学年が一つ上がって2年、は高校を卒業して大学1年になるところ。
大学へ行かせてやる手段が全く無かったわけじゃなかった、でも俺が行かせたくない。
無理に編入の形をとったりせずに来年度の入学試験を受けさて
普通の新入生として1年生から始めさせる道だってあった、でもそれも俺は選びたくない。

……学校にいる間さえ、を手元から離しておくなんてできやしないから。





部活から戻って夕食を下の部屋で済ませた後、の部屋に紅茶とフルーツを運ばせて
二人っきりになったところで始めた編入の話。
窓際に置いてあるソファに俺達は今、二人並んで腰掛けて座ってる。


「『ヒョウテイ学園』って……景吾が小学校から行ってる私立だったっけ」
「ああ。言っとくけど俺が通ってるだけあって部活だけじゃねえ、勉強もかなりレベル高いぜ。編入試験だけは顔パスで落ちることはまずないにしろ、入ってからの授業に「ついていけません」じゃお前が一番きつい。……ここまで、いいな?」
「うん……ねえ景吾」

そう言えば知らなかったことに今気が付いたんだけど、と前置きをしてから
は神妙な顔をして俺の方を見た。
一体何を言い出すのかと、思わず内心で身構えてしまう。

やっぱり普通の奴らが通うような、一般公立に行きたいんだろうか。

「『ヒョウテイ』ってどんな漢字でそう読むの?」
…そんなことかよ。張りつめかけた緊張が、ブッツリと途切れた。
どうでもいいことじゃねえか、氷帝の字面なんて。俺が始めようとした話の腰折ってまで呑気にそんなことを訊いてこれるのは
らしいとも思う。
俺に一切物怖じしないで、何でもないことのように会話を紡いでくれる。
一緒に暮らし出して2週間も経った気安さか、完全に寛いだ様子は俺にとっても心地いい。

の方も別に茶化しているつもりじゃないようだ。その質問を先に答えてやるとしよう。
あんまり急いで進めすぎてもを不安がらせるだけだ。
最悪の場合「氷帝には行きたくない」なんて言われてしまえば元も子もなくなるからな。


俺自身にも一息つかせるつもりで紅茶のカップに手を伸ばして、の質問へ答えを返した。


「『コオリのミカド』で、『氷帝』だ」


俺は、この学校の名前を気に入ってる。
共に励ましあい未来に羽ばたく生徒を育成…なんていう理想論じみた意味合いを感じない。そんな生やさしい覚悟で育てられてやるほど俺は呑気な性分じゃないし、頂点は全てゴミ。極めた頂点から俺を引き摺り下ろそうとしてくる奴らを、めいいっぱい切り捨ててやろう。積み重なった死骸の山から見渡せる、その景色をよく想像しては思う。

その山が高ければ高いほど価値があるし、最高に爽快な眺めを拝めるだろうってな。




話が終わると同時に沈黙が落ちる。
は俺の言葉を、ゆっくりと瞬きする瞳で吸い込むように聴いていて 
自分の前にも置かれていたカップを一旦手にとったのに、口も付けずソーサーの上に戻した。


「それって…なんか」

でも、先の言葉がなかなか出てこない。言いにくいことだからなのか。
俺に言いづらいことを今、思ったのかよ。言おうとしたのかよ。

さっきこそ、あんなに屈託なく俺に言葉をかけたくせに。


「なんだよ。……気に入らねえか」

確かに、蹴落とすとか蹴落とされるとか、そういう世界が好きじゃないに言う話じゃなかった。それは認める。

が眉をひそめたくなっても仕方ない。そんな考え方は良くないと……

だが、そんなこと言わせない。俺自身を否定させるなんて絶対許さない。
この校章にふさわしい今の俺だからこそ、をあの晩迎えに行けた。


「…気に入らねえのかよ、氷帝が。それとも俺が」

苛立ちがにじまないように抑えた声で訊く。は、ほんの少し首をかしげてみせた。

「そうじゃなくて、なんか……」
「何なんだよ。さっさとその先を言え」
「そう、景吾らしい考え方だなあと思った。だからそこに一緒に通えるなんて嬉しい」

春からは初めて、一緒に学校へ行けるんだね。



そう言いながらは体を寄せると、俺の肩に頭をのせるようにもたれてきた。

シャツ越しに伝わる温もりと肩に感じるささやかな重み。
それはさっきまでの黒い塊を強風に吹かれた砂のように一瞬で姿を失わせる。

俺がに対して望むことは、やっぱりにとっても望むこと。
あんな簡単にを疑ってた自分を恥ずかしく感じながらも、その嬉しさで胸が満ちた。







「だめ。…景吾」
「……今度は何だ」
「やっぱり少し大きくなりすぎたみたい」

少し首を捻って肩口に目をやると、は視線だけ上げて俺を見つめ返す。
こうして俺に触れた状態で『大きくなりすぎた』ってことは……何となく予想がついた。


「ああ?……またかよ」
「うん。肩の位置が少しだけ高すぎて、肩枕にもあんまり具合がよくなくなってる…」
「あのなあ……肩枕なんて普通言わねえだろ。もともと枕代わりになる部位じゃねえんだよ、肩は」

それでなくても右の肩は、俺の場合テニスで筋肉がついているから柔らかくない。
肩に置かれていたの頭を左手で軽く押して離させると、は少しだけ不満そうな顔をした。

まだ俺にくっついていたかったと語るその表情を、これ以上ないくらい愛しいと思う。


そう、これが愛しさだ。
優しい眼差しが俺に与えてくれる、深海の底へ沈みこむような安堵にも似た気持ち。  と離れていた数年間、俺に欠落していた感情を見つけてしまった。






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