美しき設計図 13




何度も、記憶と想像の中で僕はを抱いてきた。

どんな肌をしているのか、どんな風に僕の肌に爪をたてるか、どんな声で喘いでみせてくれるのか……
詳細にあらゆるパターンを思い描いてきたつもりだけど、やっぱりこの腕の中に眠るに敵いはしない。





普段は幼い顔をしているくせに僕を受け容れるは驚くほど魅惑的で
僕を絡めとって逃がそうとしなかった。
気を抜けば僕の方が先に果ててしまうくらいに気持ちがよくて、の心も体も、二度と手放せないと思う。
まあ、が逃げようとしたところで手放してやるつもりもないけれど。


最中にが何度も「信じられない」と呟くので、
その度に甘い痛みが襲ってきて僕はの胸に顔を埋めた。

信じて欲しい。今までの、ひどい言葉も仕打ちも、を愛しく思えばこそ。
こうやって数え切れないキスマークを残してあげたから、
行為が終わったあとも僕が確かにを抱いたと思いだすことができるだろう。
そのためにが恥ずかしがって隠そうとした場所にも、しっかりと口付けた。

あの甘い蜜。 思い出すだけでも、体が疼いてしまうほど。

僕がきつく吸い付く度に、は体を震わせて
今まで一度だって聴いたことのないような快感に満ちた溜息を漏らしながら僕の髪を愛しげに撫でる。

の体に僕の支配が及ばないところなんてどこにも残してやらない。
自身も僕にそうされることを望み続けるはずだ。

そうして……これからは僕の大事な恋人として、ずっと傍にいてくれるのか……?

そう訊く余裕も持てないほど、夢中な時間だった。






僕が注ぎ続ける視線に気付いてか、うっすらとが目を開けかける。

なのに、ぼんやりとした目で僕を見上げると、そのまま少し嬉しそうに微笑んで
また僕の胸に頬を寄せて眠り直してしまった。

疲れさせたのは僕のせいだとわかっているけど……
こうやってなしくずしに僕を信用してしまうに不安になってきた。
あんなに泣かせた後、そのまま何も言わずに抱かれてくれた。
それは僕のことを好きだからだとはわかっているけど、急かしすぎた僕に押されただけかもしれない。


行為の中で、はっきり言って余裕がないのは僕だけだった。
は本当に穏やかで、僕の急ぎすぎる愛撫にも戸惑った様子さえ見せずに
大人しく体を預けて本当に幸せそうに抱かれていた…と思う。

に口移しでシャンパンを飲ませた時から僕の我慢はほとんどきかなくなっていて
それなら僕の望みは体でゆっくり教えてやればいいと思っていた。

なのに、できなかった。

実際にと直接に触れ合うと、ただ愛しくて僕で埋め尽くしてしまいたくて。

確かには僕の気持ちをわかってくれたみたいだけれど…それはどこまでわかってくれたんだろう?




……起きてください」

少しだけ声を低めて、そっと腕のなかのを軽く揺する。
そんなに安心して眠るのは、僕もきちんと安心させてからにしてほしい。
再び薄く開いた瞳で僕を見上げたを、そのまま力いっぱい抱き締めた。はかすかに眉根を寄せる。

「……ん…観月君?」
「少しだけ、起きてくれませんか」


うん、と小さく呟きながらはまた眠りに戻ろうとしてしまうので、
その細い肩に強めに歯を立てて噛み付いた。
ギリっと皮膚を傷つけてしまいそうな感触の後、は声をあげた。

「…っつ…い、痛い…」

そりゃあ、痛くしたんだから痛いに決まってる。
悪いとは思うけれど、やっときちんと目を開けて僕を瞳に映したにどうしようもなく満足を感じてしまう。
これは自分勝手な男に捕まってしまった、の不運か…。


「目は覚めました?」
「うーん…覚めた。ごめん、すっごく気持ちよく寝てた」

観月君は体温低いからくっついてても全然熱くない、と嬉しそうに笑ったに今頃になって感じる罪悪感。
の眠りを妨げてまで、僕はに甘えている。

……僕が自分から切り札を見せるのは嫌いだっていうこと、ちゃんと今でも覚えてますよね?」
「あぁ…覚えてるっていうか、もう身に染みてわかってます。はい」
「それなら僕が…にどうしてほしいかも分かってるはずです。
  ……から僕に言うべき言葉があるでしょう」


あぁ、と簡単に納得して、は満面の笑みで頷いた。
そんなに易々と……こういうの単純さが好きなのだけど、それは同時に僕を疑心暗鬼に陥らせる。

僕の両頬に手をあてて包み込むと、は瞳を僕にまっすぐに向けた。


「ダイエット、協力してくれてありがとうございました」
「……それはもう聞きました」
「誕生日、本当におめでとう」
「とっくの昔に言ったでしょう」
「……おはよう?」
「本当に、わからないんですか?」


うーん、何だろう。そう言って、は視線をさまよわせ始めた。

きっと言ってくれると思ったのに…僕は裏切られた気がして思わずに背を向けてしまう。
こんなことなら…さっき、もっと血がにじむくらい肩に噛み付いてやれば良かった。
僕が望む言葉を言ってくれるまで、肩に歯を立ててやれば良かったんだ。

期待していただけに、沸々と怒りが生まれそうになった、その時。

僕の体を乗り越えて、が再び僕の視界に入ってきた。
ポスン、と僕の目の前に体を横たえて視線を僕と同じ位置に合わせる。


「ごめん……怒った?」
「……何も言いたくありません」

不貞腐れた僕の手を取って、は自分の頬にあてた。そして、そのまま目を閉じる。
僕の方はこんなに落ち着かない気持ちだっていうのに
そんな心の底から安心したような顔をしてはずるい。

の方が僕に惚れた弱味を握られているように見えて、
実際のところ僕がに惚れた弱味とやらを握られているのかもしれない。

ふん、と何でもないようなふりをした僕を見てはそっと口を開いた。

 
「これからは……恋人として、観月君の…じゃなくてはじめ君の傍にいさせてね」

ふわっと照れたように顔を赤めて僕の手に口付けた

望む言葉をが言ってくれて、確かに安心が満ちていくけど……のくせに、僕を焦らしていたなんて。

「……わかってたんじゃないですか」
「ううん、今、思ったことを言ってみただけなんだけど…これが、言ってほしかったことなの?」
「だったらどうなんです。文句でもおありですか」

ありません、とそのまま僕の首に腕をまわしては体を寄せてきた。




その柔らかい感触に僕は4年前の自分を思い出す。


に会えない毎日が淋しくても、いつかこうやって抱き締めあえる時がくると
何度も何度も自分に言い聞かせて過ごしていた。

毎年からプレゼントの届かない誕生日は夜中に一人で泣いていた。
4年後に、ごと僕のものになるんだから悲しむことじゃないと言い聞かせても、
が僕のことを忘れてしまったんじゃないかと、不安に怯えて心が揺れた。

僕が、5月27日に流してきた涙は、はっきり言って今日のの比じゃない。
泣くなんて、男らしくないことだとはわかっていたけど…。


今この瞬間、僕が心から望んできたあの設計図をがいとも簡単に完成させてくれた。

もしかしたら自身がその設計図であり、その完成形なのかもしれない。
そうでなかったら…こんなに愛しくてたまらない理由が見当たらない。


誰よりも愛しく美しいを抱き締めて、
僕はさっき噛み付いてしまったの肩に 心からの口付けを落とした。



end



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