新月の日に 1



  『付き合おうぜ』

これ以上ないくらい簡潔な岳人の告白で、私達は付き合うことになった。
私の方からはとてもじゃないけど怖くて口にできなかったのに、
やっぱり岳人のこういうところを男らしいと思う。

ますます惚れ直しちゃう、なんて。



付き合うようになってから、岳人は毎週土曜の夕方にだけ私の家へやってくる。
それ以外の日は夜に電話で話したり、メールのやりとりをする。
多分平日だと私が仕事で疲れてると思って、気を遣ってるんだろう。
確かに、それは助かってる。
本当は毎日だって会いたいけど、残業で疲れ果ててる時もあるし
何より、岳人の学生生活を乱すわけにはいかない。


でも、その日は事情が違った。

 『がががが岳人?!お願い今すぐ来て!お願い!』

携帯電話に向かって、半パニック状態で叫ぶしかできない。
もう夜の11時半だったけど、岳人以外に電話をかける相手が思い浮かばなかった。

 『、何かあったのか?いますぐ行くから、待っとけ!』

岳人の方も私につられて度を失ったのか、
私が詳しい事情を伝える前に電話は切られた。

大丈夫かな、岳人。
慌てすぎて来る途中に、事故なんかに遭ったりしたらどうしよう。





15分もしないうちに玄関のベルが鳴る。
もどかしい思いで鍵をあけると、息をきらした岳人が立っていた。
 
「…っはぁ、はぁ。、大丈夫か?」
「良かった。岳人…急ぎすぎて事故に遭わないか心配した」
「何言ってんだよ、があんだけパニくってたからって俺までパニくるわけねえだろ」

そう言いながら岳人は靴を脱ぐ。
でもやっぱり慌ててたみたいで、岳人が履いてたサンダルは左右で違ってた。

「…ごめん、パニック伝染させてたね」
「こ、これは…!あーもう、それより何があったんだよ!」

そうだった。
肝心の事件を思い出して、岳人を急いで居間のパソコンの前へ引っ張っていく。



「…というわけで、いきなり再起動ばっかり繰り返すようになっちゃったんだけど…」
「おい、これが俺を呼んだ理由かよ?」
「…だって、このままじゃパソコン壊れちゃうんじゃないかと思って…」

パソコンの前に腰掛けた岳人から、ジロリと睨まれる。
寝る前にネットサーフィンをしていたら、急にパソコンが再起動を始めて、
繋ぎ直しても5分としないうちに再起動を繰り返しだしたのだ。
初めて見たパソコンの明らかな異常に、私はすっかり正気を失ってしまった。

「ったく。一昔前のウィルスじゃねーか!
  だいたい、一旦電源切っとけばそんな慌てることじゃねえだろ?」

心配して損したぜ!と岳人は完全におかんむり状態。
つくづく私、情けない彼女だ…。

「ごめん。こんなこと初めてだったから怖くて、もう…何が何だか。
  そうなったらもう岳人の顔しか浮かばなかったの。ほんと、ごめんなさい。
  会社の人でパソコンに詳しい人がいたはずなのに…こんな夜に呼びつけてごめんね」

岳人の後ろに立って、そう謝る。


きっとしばらくは文句を言われると思ったんだけど…でも、その予想は外れた。

うなだれる私を振り返った岳人は大げさな溜息をついた後、
さっきまでとは打って変わって、満足げな顔になる。

「ま、そういうことなら仕方ねえな。俺しか思い浮かばなかったんだもんな!
  とりあえずウィルス除去しといてやるから感謝しろよ、

そう言うと、パソコンに向き直って鼻歌交じりにキーを叩き出した。




 









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