対飼いになりたい / 青の鳥 01



世にも愛しい青い鳥。
深海を映した青い羽は荒立つ心に安寧をもたらし、
軽やかにはばたく先についていけば、永久の楽園へ人を導く。

だから俺は閉じ込める。
閉じ込めたその鳥籠を、更に大きな籠に入れて、中の様子が見えなくなるほどの鎖を巻こう。
もう二度と俺の元から飛び立ってしまわぬように、数え切れない鍵もかけて。

息苦しさに美しいさえずりが枯れ、青い羽が籠の中で無残に抜け落ちてしまってもいい。

俺の傍にいてくれるだけで、他には何も望まない。青い鳥が俺の全てだ。

幾重にも鎖が巻かれた鳥籠は、触れれば冷たくて硬いだけだろう。
だが同時に幸せの感触でもある。
青い鳥を捕まえた幸せを抱き締めて、俺は永遠に眠りたい。





両親が離婚して、もう5年以上経つ。
母親の方が冷え切った親父との関係に耐え切れなくなったのか、離婚届一枚を残して家を飛び出した。
ほんの少しの荷物とだけを連れて、雨の夜に家を出て行った。
離婚そのものについては、もともと母親との接触が皆無だった俺は大事件とは思わなかったが、母親がを連れて行ってしまったことに、ショックと怒りを隠せなかった。
二つ上の姉、俺だけのを、母親が奪っていきやがった。

もともと家の後継ぎ作りのためだけに、母親は嫁入りさせられたようなもので、それでも母親自身は暖かい家庭を望むタイプの女だったらしい。
初めて母親が身ごもった時こそ親父も喜んだ。だが、妊娠中の検診で赤ん坊の性別が女だと判明した途端に親父も周りも冷たくなった。
母親はそんな状況の中、ほとんど独りっきりでを生んだ。
は生まれながらに後継候補の失敗作だとみなされて、誕生すら祝ってもらえなかったらしい。
周りがに無関心でいればいるほど、母親は一心に愛して育児にも没頭した。
全身全霊を傾けて慈しみ、傍から離さず愛しんだらしい。


が生まれた、その2年後に母親は再び妊娠をする。

親父はよほど正統な後継ぎが欲しかったんだろう。だから今度こそはと期待した。
だが前回の屈辱から母親が妊娠中の性別判断を拒んだせいで、生まれる瞬間まで赤ん坊の性別は誰にもわからなかった。
なぜか母親は今度も必ず女が生まれると言い張ったらしい。妊娠中でも傍から離さなかったに、「妹が生まれるから、妹と3人で仲良く暮らそう」と言い含めて誕生を待っていた。
は親父でさえ立ち会わなかった出産に、母親たっての希望で立ち会った。

そうして俺が生まれた。

生まれた赤ん坊が男だとわかると、俺は時期を見計らってすぐに母親と別の病院へ移された。そのまま親父の雇った最高の育児係りと称する奴らに囲まれて家へ迎えられた。

俺という後継ぎを生んだことで、母親は完全にお役ごめんとなったらしく、親父は完全に母親をいないものとして扱うようになる。もちろん俺との接触も禁じて離れに住まわせた。
ただだけは一応自分の血が流れる娘だと思ってか邪険に扱うわけにもいかず、黙認という形で自由にさせていたようだ。
赤ん坊の俺とが二人並んで眠る写真を、アルバムの中で何枚か見かけたことがある。


それからの歳月、母親はだけを我が子として慈しみ、親父は俺だけを後継ぎとして大事にした。
確かに両親は存在するのに、俺とは片親育ちと言っても変わりない。

だがと俺は仲が良かった。
は俺が母親の腹に入ってる頃から、姉として仲良くするよう母親から言い聞かされていたせいか、他の誰にも勝って、幼心にも俺との絆と特別に思ってくれていた。向かい合っているだけで、嬉しそうに笑って俺の頬を優しく撫でてくれたし、歌を歌うように、俺の名前を大切に呼んでくれていたのを今でも覚えてる。


父親がいつも俺の後ろに見ていたのは、未来の俺が引き連れてくるであろう財閥の繁栄だった。
そのおこぼれにあずかろうとへつらってくる奴らにも、一度だって俺は心を許したことはない。
幼い俺を取り囲む沢山の人間の中で、俺を無条件に愛しんでくれていたのはだけだ。
そのことをはっきりと感じ取っていたから、だけに懐いて俺は育った。

母親にとってだけが家族だったように、俺にとってもだけが唯一のものだった。


ただ、それを阻んでいたのが母親だ。
俺と一緒に寝ていても、俺が眠り込むとはいつだって母親の待つ離れへと戻って行った。
そのことがいつも不満だった。母親さえいなけりゃ完全にを独占できるのにと、いつも思っていた。
それがまさか、ああもあっさりと出し抜かれてしまうなんて。

どうすることもできずにただ、母親が憎くて、が恋しいばかりだった。でも今はもう違う。

今度こそ俺はを取り戻す。 その時期と準備は今、完全に整った。






決意にも似た暗い気持ちが胸に灯る。流れる車窓を見つめていたら、古ぼけた小さなアパートの前で運転手は車を止めた。
車を出て、あらかじめ聞いていた部屋番号のドアベルを押す。

ドアがそっと開かれた。昔の面影をそのままに残して、黒いワンピース姿のがいた。

「母の…お知りあいだった方ですか」
「弟の顔、忘れてんじゃねえよ」

小さく息を呑んだ後、は言葉を失ってしまったようだった。
食い入るように俺の顔を凝視する。俺が本当に自分の弟なのか疑ってるからだろう。当然と言えば当然の話かもしれない。今ずっと昔のガキだった頃の俺しか、きっとは覚えてねえんだから。

苦笑まじりに、できるだけ堅くならないよう言葉を続けた。

「病死だってな。息子として線香くらいあげやりたくて来てやったんだ。部屋、邪魔するぜ」

黙ったままのが掴むドアを強引に開けさせた。中に入って、狭い玄関で靴を脱ぐ。
部屋の中に上がる時、擦れ違う一瞬だけが俺の真隣に並んだ。

昔は同じくらいの背だったのに、俺よりも頭一つ分ほど低くなっていた。
簡単に抱き締めてしまえそうな体だと思った。




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