「って仁王君と喧嘩しないの?」 お昼ご飯を食べながら、友達から聞かれた。私は首をかしげる。 「したことないかなあ。仁王君も怒らないけど、私も怒りたくなることないし」 お母さんが作ってくれた、厚切り食パンのサンドイッチは食べるの時間がかかる。サランラップに1つずつ包まれていて、今まだ、やっと2個目を食べ終わったところ。 友達は、プラスチックの赤いお弁当箱を膝の上にのせている。そぼろご飯をスプーンですくって口へ運ぶ。友達の唇は、いつもピンク色のリップに濡れている。それを眺めなら私は言う。 「仁王君の本心とか裏とか…差があるとか考えたことない」 「ふうん。彼って案外、気づいてほしがってるかもよ?言わないだけで我慢してるだけだったり」 友達はポケットから携帯を出して、メールを確認した。私は声をかけた。 「ね、昼休みあと何分?」 「30分かなあ」 「…ごめん、私ちょっと行ってくる」 「今から?」 「ごめんね。なんか気になって」 仁王君は教室にいた。もうお昼ご飯を食べてしまったみたいで、本を読んでいた。私が廊下に立つと、仁王君の隣の席の人が仁王君の肩をつつく。 仁王君は私に気づいて、無表情なまま片手を振った。私も片手を上げて、仁王君を手招きで「こっちおいで」とサインした。 教室の入り口で仁王君と向かい合う。 「あのさあ、ずっと考えた事もなかったから、気づかなくてごめん」 「別に何にも気にしとらんけど…の言っとる意味が何にしても」 仁王君は眠そうに、ゆっくり喋る。人前でも2人っきりの時でも、仁王君はほとんど変わらない。誰に見られていても照れたりもしない。 私は本当は、人前で仁王君と喋るのは、なんだか恥ずかしくて苦手だ。でも仁王君に合わせて平気なふりをしている。 私の手元を見て、仁王君が笑った。 「お昼ご飯、サンドイッチじゃ」 今更隠せないので、私は頷く。普通のタマゴと、ハムとキュウリのサンドイッチ。お洒落な具でもないし、綺麗なラッピングをしてあるわけじゃないから、仁王君に見られると恥ずかしい。お母さん、ごめんなさい。とっても美味しいのに。 「一個ちょうだい。今日は何も食っとらん…血糖値に危機を感じる」 「全部あげる。それで…ききたいんだけど、仁王君って私に嫌な気分になったのに我慢したこと、ある?」 小さい声で一息に言って、仁王君の胸にサンドイッチを押し付けた。 仁王君は顔を横に向けて溜息をつく。その仕草にちょっとショックを浮けた。ああお前、今頃気づいたのかよ。ずっと前から、お前にイライラしてたぜ。 そんな風に思われたのかもしれない。 仁王君は少し眉を寄せて、私の目をのぞきこむ。 「そういう質問…他の奴に吹き込まれたんを真に受けるな。」 「…真に受けちゃったのかな」 「ピヨ。…まあ、そんだけ俺のこと好きって意味なら、許してやるぜよ」 仁王君は簡単に言って、笑顔になる。その場でサンドイッチを食べ始めた。 「飲み物いる?」 話しかけると、仁王君は咀嚼しながらくぐもった声で「今日は財布を忘れてきた」と言う。私がおごってあげると伝えて、一緒に自動販売機のコーナーへいくことにした。 仁王君は、歩きながらずっとサンドイッチを食べている。 「んちのサンドイッチ、いいのう。美味い」 「パンが厚すぎてね…。普通の6枚切りの食パン使うから、たぶん後から食い詰まってくるよ。気をつけて」 「心配無用ナリ。朝からノーカロリー」 「誰かにご飯分けてもらえば良かったのに」 「……借りつくりたくない。テニス部の奴には特に」 「ふうん」 細い指に運ばれて、我が家のサンドイッチは仁王君の唇の中へ消えて行く。分厚い野暮ったいサンドイッチなのに、仁王君が食べるとすごく美味しそうに見えてしまった。 自動販売機のコーナーへ着いた。メーカーの違う販売機が、4台並んでいる。 仁王君は髪の毛をいじりながら、どれにしようか迷っている。1年生のときにも一度、私は飲み物を自動販売機で買ってあげたことがある。ジンジャーエールだった。そのペットボトルを今も冷蔵庫の中に入れてとってある、と仁王君から教えられたのは、付き合い出してから半年過ぎてからだ。 「仁王君さあ、さっきの質問なんだけど」 仁王君が振り向く。無防備な瞳が可愛かった。嘘を言ってからかってみたくなる。 「実は私、仁王君に対してイライラしてるの隠してきたから、仁王君も同じじゃないかなって思ってきいてみたんだ」 私は仁王君に騙されたり、嘘をつかれたことはない。仁王君は黙って私を見つめる。 「なーんて。ごめん、今作った嘘でした」 「…は誰にでもそういうことするんか。俺以外の奴にも、そんな風にからかうか」 「いや、仁王君にだけ…かな」 「ならいい。このミネラルウォーター買って」 仁王君の隣に立って、お金を入れてから指定されたボタンを押した。取り出したペットボトルを仁王君に渡す。 仁王君はその場で、ペットボトルの蓋を開けた。 それを私の頭の上へ持ってくる。 ペットボトルが逆さになって、冷たい水が頭から振ってきた。 驚いて言葉が出てこない。 「…俺はに、何も防御しとらん。だからそういう嘘で俺を苛めんで」 「そ、そっか…わかった」 隣を通った他の生徒が、私たちの傍から遠ざかる。 仁王君の心は不透明だ。外から見るとゴムとか、プラスチックみたいに見える。でも近寄って、中へ入れてもらえると、薄いガラスの層が無限に積み重なって不透明に見えているだけだとわかる。 触るときは優しくして、でないとすぐに壊れて腐る。 一度触れたら離れないで、でないとすぐに凍えて沈む。 「仁王君…どうしよう、水すごい濡れた。冷たい」 「部室に乾燥機ある」 「テニス部以外の人が使うの、禁止でしょ」 「幸村に後から言えば問題ない…ないけど…ああもう…ほんとは、あれだ」 仁王君はうつむくと、私の片手を引いて歩き出す。 「やっぱり一度、思い知らせんといかんのう」 「早く思い知らせてほしいんだよ。…好きだから」 「ああ知っとる。…呑気な女ぜよ」 end |